高校生の頃、僕は不眠症だった。
夜になっても眠れず、朝になれば学校へ行くことが苦痛で、教室にいるだけで世界から取り残されているような気持ちになることも少なくなかった。
それでも、ひとつだけ楽しみがあった。
バンドだった。
夜になるとメンバーと待ち合わせをして、田舎の田んぼ道を歩く。夏になればカエルの鳴き声が響き渡り、街灯もほとんどない暗い道を、機材を持ちながらスタジオへ向かった。
練習が終わればまた歩いて帰る。
特別なことは何もない。
でも今振り返ると、その時間こそが青春だったのだと思う。
青春は、完璧じゃないから美しい
映画『ウォールフラワー』を初めて観たとき、そんな高校時代の景色が自然と思い出された。
主人公チャーリーもまた、人には言えない悩みを抱えながら学校生活を送っている。
友達ができないこと、過去の傷、孤独、居場所のなさ。
青春映画というと、恋愛や友情が華やかに描かれる作品を想像しがちだが、『ウォールフラワー』はそうではない。
むしろ、「うまく生きられない青春」を描いている。
だからこそ、自分のような人間にも寄り添ってくれる映画だった。
あの頃の苦しさも、今では青春だったと思える
高校生の頃は、不眠症であることを青春だなんて思えなかった。
眠れない夜は苦しかったし、学校へ向かう朝もつらかった。
だけど『ウォールフラワー』を観終わったあと、不思議と考え方が変わった。
あの苦しさも、夜道を歩いたことも、スタジオで音を鳴らしたことも、全部ひっくるめて青春だったんじゃないか。
映画がそう教えてくれた気がした。
青春とは、キラキラした思い出だけではない。
悩み、迷い、自分の居場所を探し続けた時間そのものなのだ。
ロックが青春の温度を上げてくれる
『ウォールフラワー』を語るうえで欠かせないのが音楽だ。
この映画には1980〜90年代のロックやオルタナティブ、ニューウェーブなど、物語を彩る楽曲が数多く登場する。
音楽は単なるBGMではなく、登場人物たちの感情を代弁する役割を担っている。
夜のドライブ、友人たちとの時間、言葉にできない感情。
そのすべてをロックが包み込み、映像と一体化している。
サウンドトラックを聴くだけでも映画の空気を思い出せるほど、選曲の完成度は高い。
とくに有名なトンネルを走り抜けるシーンは、映像と音楽が完全に溶け合った名場面として、多くの映画ファンの記憶に残っている。
ロックが好きな人なら、きっと映画が終わったあとにサウンドトラックを探したくなるはずだ。
青春は終わるものではなく、積み重なるもの
社会人になると、「青春は高校まで」「学生時代が一番楽しかった」という言葉を耳にする。
でも『ウォールフラワー』を観ると、そうではない気がしてくる。
青春とは過去の一時期ではなく、自分の中に残り続ける感情なのだ。
苦しかったことも、笑ったことも、夜眠れなかったことも、スタジオへ向かう田んぼ道も、全部が今の自分をつくっている。
だから、青春を懐かしむ映画ではない。
青春を肯定してくれる映画なのだ。
もし今、学校へ行くことがつらい人がいるなら。
もし居場所が見つからず悩んでいる人がいるなら。
そして、昔の青春を少しだけ恋しく思っている人がいるなら。
『ウォールフラワー』は、その人の心に静かに寄り添ってくれる一本になるはずだ。