現代のインディーロック、あるいはシューゲイザーの文脈において、DIIVほど激動の歴史を背負ったバンドは多くない。
2011年、フロントマンの Zachary Cole Smith が自身のソングライティングを発表する場としてスタートしたDIIVは、当初こそドリームポップやジャングリーなギターサウンドを軸にしたバンドとして注目を集めた。しかしその歩みは決して平坦ではなかった。Smithはそれ以前に Beach Fossils のドラマーとして活動しており、ニューヨーク・インディーシーンの重要人物として頭角を現していた。DIIV結成後はCaptured Tracksを代表する存在となり、『Oshin』『Is The Is Are』を通じて2010年代インディーロックを象徴するバンドへと成長していく。
一方で、その裏側には薬物依存やメンバー脱退、活動停止寸前まで追い込まれたバンド内部の混乱が存在した。フロントマンであるSmith自身も依存症との長い闘いを経験し、幾度もの更生プログラムを経ながら音楽活動を継続してきた。そうした苦難を経て完成した2019年作『Deceiver』は、轟音シューゲイズとして高い評価を獲得し、DIIVを単なるインディーポップバンドから現代シューゲイズの重要バンドへと押し上げた。
またSmithは音楽以外のフィールドでも存在感を示してきた人物だ。端正なルックスと独特の退廃的な雰囲気からファッションシーンでも注目を集め、モデルとして起用されることも少なくなかった。インディーロックとファッションカルチャーが強く結びついていた2010年代ニューヨークの空気を体現する存在でもあったのである。
そんなDIIVが5年ぶりに発表した4作目『Frog In Boiling Water』は、これまでの作品以上に社会へと視線を向けたアルバムだ。
「茹でガエル」が意味するもの
『Frog In Boiling Water』というタイトルは、「茹でガエル」の寓話から引用されている。
水温がゆっくり上昇すると、カエルは危険に気づかないまま煮えてしまうという有名な比喩だ。DIIVはこのイメージを、後期資本主義によって少しずつ崩壊していく現代社会の姿に重ねている。アルバム全体は現代人が抱える不安、情報過多、テクノロジー依存、そして資本主義システムの疲弊をテーマとして描かれている。
しかし興味深いのは、彼らが声高に政治的メッセージを叫ぶわけではないことだ。
むしろDIIVは、静かに沈み込むようなサウンドスケープの中で、「何かがおかしい」と感じながらもその流れから抜け出せない現代人の感覚を表現している。
シューゲイズのその先へ
本作を聴いてまず驚かされるのは、その抑制された音作りだ。
『Deceiver』で聴かれた轟音ギターは依然として存在するものの、ここではより空間的で内省的なアプローチへと変化している。ギターは壁のように押し寄せるのではなく、霧のように楽曲全体を覆う。
オープニングの「In Amber」からアルバムは深い沈鬱さをまといながら進行していく。
「Brown Paper Bag」や「Reflected」では90年代オルタナティブロックの影響を感じさせつつも、単なるノスタルジーには終わらない。むしろ現代の閉塞感を映し出すための音響装置として機能している。
そしてタイトル曲「Frog In Boiling Water」。
本作を象徴するこの楽曲では、浮遊感のあるギターと希薄なボーカルが重なり合い、まるで現実と夢の狭間を漂っているかのような感覚を生み出す。
DIIVはここで爆発することを選ばない。
怒りを叫ぶ代わりに、じわじわと侵食してくる不安を描き出す。
それこそが本作の核心なのだろう。
生き延びたバンドだからこそ描ける景色
DIIVの歴史は崩壊と再生の繰り返しだった。
だからこそ『Frog In Boiling Water』には不思議な説得力がある。
依存症、メンバー脱退、活動停止寸前の危機。そのすべてを経験したバンドが「世界は少しずつ壊れている」と歌うとき、それは単なる社会批評ではなく実感として響いてくる。
Redditなどのコミュニティでも、本作は初期のドリームポップ路線から『Deceiver』を経てさらに深化した作品として受け止められており、「アルバムごとに進化しているバンド」という評価も少なくない。
『Oshin』の青い海のようなサウンドから始まったDIIVは、『Deceiver』で闇の中へ潜り、そして『Frog In Boiling Water』ではその闇を個人の内面から社会全体へと広げた。
本作はシューゲイズ作品であると同時に、2020年代を生きる私たち自身のポートレートでもある。
静かに、しかし確実に温度が上がり続ける世界の中で。
DIIVはその変化を誰よりも美しく、そして不穏に鳴らしてみせた。