日本のインディーシーンを語る上で、決して外すことのできないソングライターがいる。
ふくろうずの内田万里だ。
2007年に東京で結成されたふくろうずは、MySpace時代から口コミで支持を集め、『ループする』『ごめんね』といった作品によって独自の存在感を築いた。そして2011年、メジャーデビュー作『砂漠の流刑地』を発表する。バンドはその後も活動を続けたが、2017年の解散をもってひとつの歴史に幕を下ろした。
しかし内田万里という表現者はそこで終わらなかった。
解散後も弾き語りを中心としたソロ活動を継続し、独自のペースでライブを重ねている。2017年には自身名義のツアーを開催し、さまざまなミュージシャンとの共演も実現させた。
今回紹介する動画でも感じられるように、ソロになった現在の内田万里からは、ふくろうず時代とはまた違う魅力が立ち上がってくる。
それは「バンドのフロントマン」ではなく、「ひとりのソングライター」としての存在感だ。
バンドがなくなっても残り続ける声
内田万里の歌には昔から不思議な特徴があった。
力強く歌い上げるわけでもない。
技巧的なボーカルでもない。
むしろ少し頼りなく、どこか浮遊している。
だが、その曖昧さこそが彼女の武器だった。
ふくろうずの楽曲を聴くと、多くの場合「歌詞の意味」よりも先に感情が届く。
悲しいとも嬉しいとも断定できない。
希望とも絶望とも言い切れない。
そうした人間の中間地点のような感情を、内田万里は驚くほど自然に言葉へ変換する。
ソロ活動では、その資質がさらに際立っている。
アレンジやバンドサウンドの装飾が削ぎ落とされることで、楽曲そのものの輪郭がむしろ鮮明になる。
そこにいるのはロックスターではなく、日常を生きる一人の人間だ。
だからこそ聴き手は自分自身を重ねてしまう。
『砂漠の流刑地』という到達点
ふくろうずの作品群のなかでも、『砂漠の流刑地』は特別な位置にある。
2011年にリリースされたこの作品は、彼らのメジャーデビューアルバムでありながら、単なるステップアップ作品ではなかった。
収録曲は以下の11曲。タイトルを眺めるだけでも、どこか寓話的で幻想的な空気が漂っている。
『もんしろ』
『砂漠の流刑地』
『心震わせて』
『トワイライト人間』
『ユニコーン』
『灰になる』
『スフィンクス』
『通り雨』
『みぎききワイキキ』
『キャラウェイ』
『優しい人』
当時のインタビューで内田万里は、それまでの懺悔的な歌詞から一歩進み、「前向きな言葉で自分の弱さを表現したかった」と語っている。
この発言こそがアルバムを理解する鍵だろう。
ポップなのに救われない
『砂漠の流刑地』を初めて聴いた人は、おそらくそのポップさに驚く。
シンセサイザーは軽やかに鳴り、ギターは煌びやかだ。
メロディも耳に残る。
しかし不思議なことに、このアルバムは単純なポップミュージックとして終わらない。
楽曲の奥底には常に孤独がある。
希望を歌っているようで、どこか諦めている。
前向きなようで、少し投げやりでもある。
その絶妙なバランス感覚が、ふくろうずというバンドの最大の魅力だった。
特にタイトル曲「砂漠の流刑地」は、その象徴と言える。
「砂漠を歩く旅人のように星を見つめていたい」というイメージから始まりながら、楽曲は次第に感情の揺らぎを描いていく。最終的には混乱も矛盾も抱えたまま、それでも誰かを好きになってしまう人間の姿が浮かび上がる。
ここには劇的な救済はない。
だが、生きることそのものへの肯定がある。
だからこそ何年経っても古びない。
なぜ今も聴かれ続けるのか
2020年代になっても、『砂漠の流刑地』を愛聴盤として挙げるリスナーは少なくない。
その理由は時代性よりも普遍性にある。
当時流行していたサウンドやトレンドを追いかけるのではなく、人間の感情そのものを歌っていたからだ。
孤独。
劣等感。
愛情。
諦め。
希望。
そうした感情は時代によって消えることがない。
むしろSNSによって他者との比較が日常化した現代だからこそ、内田万里の書く言葉はさらにリアルに響くようになった気さえする。
砂漠を歩き続けるための音楽
ふくろうずは解散した。
だが内田万里は今も歌を書き続けている。
それは過去の栄光を繰り返すためではない。
おそらく彼女自身が、まだ答えの出ない人生を歩き続けているからだろう。
『砂漠の流刑地』という作品は、その旅路の途中で生まれたひとつの記録だった。
砂漠を歩く旅人のように。
迷いながら。
立ち止まりながら。
それでも星を見上げながら。
内田万里の音楽は、今日もそんな人たちの隣で静かに鳴り続けている。