「音楽深化論」が見つけてしまった才能
YouTubeのオーディション企画「音楽深化論」は数多くのインディーアーティストを世に送り出してきたが、その中でも古山菜の花は特別な存在だった。
初めて「もののけはいないよ」を聴いた瞬間、多くの人が同じ感覚を覚えたはずだ。
「なんだこれは?」
フォークでもない。
童謡でもない。
ロックでもない。
しかし確実にポップミュージックとして成立している。
審査員たちが驚愕したのも無理はない。
古山菜の花の音楽には、現代のシンガーソングライターが当たり前のように参照するJ-POPや洋楽インディーとは別の文脈が流れている。
そのため多くのリスナーは真っ先に「たま」を連想する。
実際に彼女自身も知久寿焼への強いリスペクトを公言しており、その縁から共演も果たしている。
だが彼女を単純に「令和のたま」と呼ぶのは少し違う。
古山菜の花の音楽は、もっと現代的だ。
たまが共同体や祝祭の中から異界を呼び出していたのに対し、彼女は個人の日常から異界を発見している。
この違いは大きい。
「もののけはいないよ」──妖怪の歌ではなく人間の歌
代表曲「もののけはいないよ」は、一見すると妖怪や百鬼夜行をテーマにした不思議な楽曲に思える。
廃寺。
神隠し。
影法師。
百鬼夜行。
日本の怪談や民俗学的なモチーフが次々と現れる。
しかしタイトルは「もののけはいないよ」だ。
ここが重要である。
歌の中で語られるもののけは、実際には人間そのものなのではないか。
楽曲中には「退屈だから人間のふりをしてそこにいるよ」という一節が登場する。
異形の存在だと思っていたものが実は人間であり、人間だと思っていたものが実は異形なのかもしれない。
そうした境界の曖昧さがこの曲の核心だ。
音楽的にはフォークソングを土台にしながらも、童謡やわらべ歌のような反復構造を持つ。
メロディは親しみやすいのに、歌詞は不穏。
可愛らしさと恐怖が同時に存在している。
その感覚は日本の昔話や怪談に近い。
古山菜の花は現代のフォークミュージックを使って、新しい民話を作っているのだ。
「嫌太郎」──イマジナリーフレンドの物語
「嫌太郎」は古山菜の花のソングライターとしての異常な才能がよく表れている楽曲だ。
この曲の主人公は幼少期から存在するイマジナリーフレンドだという。
普通の作家なら、この題材をファンタジーとして描くだろう。
しかし古山菜の花は違う。
嫌太郎を特別な存在として扱わない。
まるで近所の友人を紹介するような温度感で描いている。
ここに彼女の作家性がある。
空想と現実が分離していないのだ。
私たちは大人になるにつれて現実と想像を切り分ける。
しかし古山菜の花の世界では、それらが自然に同居している。
だからこそ楽曲は奇妙なのにリアルなのである。
音楽的にはシンプルな弾き語りでありながら、歌の抑揚やリズムの揺れによって独特の物語性が生まれている。
まるで一冊の絵本を読んでいるような感覚だ。
「ラブホテルで働くということ」──生活を書くことの強さ
古山菜の花を単なる異色シンガーソングライターではなく、本物の表現者だと感じさせるのが「ラブホテルで働くということ」である。
この曲は彼女自身のラブホテル清掃員としての実体験から生まれた。
タイトルだけを見ると色物に思える。
しかし実際はまったく違う。
歌われているのは労働の現場だ。
汚れ仕事。
理不尽な客。
高齢の同僚。
そうした社会の片隅にある風景が淡々と描かれる。
特に印象的なのは、人を見下す視線が存在しないことだ。
ラブホテルも清掃員も、そこにいる人々も、すべてが等価に描かれる。
それは古山菜の花が世界を観察する時の基本姿勢なのだろう。
誰かを笑い者にしない。
誰かを英雄にも仕立てない。
ただそこにいる人を見つめる。
だからこの曲は社会派ソングでありながら説教臭くない。
むしろ優しい。
音楽的には最もフォークソングらしい構造を持ちながら、細部の言葉選びには演劇やエッセイのようなリアリズムが宿っている。
古山菜の花は何者なのか
古山菜の花の音楽を聴いていると、フォーク、童謡、たま、知久寿焼、民俗学、絵本作家など様々な言葉が頭に浮かぶ。
しかし最終的にはどれにも収まらない。
彼女の音楽はジャンルではなく視点によって成立している。
人が見過ごしてしまうものを見る力。
普通なら歌にならないものを歌にする力。
その才能こそが最大の魅力だ。
「もののけはいないよ」も「嫌太郎」も「ラブホテルで働くということ」も、本質的には同じことを歌っている。
世界の片隅にいる存在たちへの眼差し。
人間が見ようとしないものを見つめる視線。
だから古山菜の花の音楽は不思議でありながら、どこか懐かしい。
彼女は妖怪を歌っているのではない。
人間を歌っているのである。
そしてその視線こそが、これからの日本のインディーシーンにおいて極めて貴重なものになっていくはずだ。