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ドレスコーズ「ノイズ時代」レビュー|“反戦シングル”として鳴る現在地と、過去から続く変質の軌跡

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2026年5月3日にデジタル配信リリースされたドレスコーズのシングル「ノイズ時代」は、志磨遼平による“反戦シングル”として発表された作品である。

全編フランス・パリで撮影されたミュージックビデオも公開され、その映像と楽曲は、単なる音楽作品という枠を超えて、現代社会への鋭い視線を投げかける表現として提示されている。

この楽曲を理解するためには、ドレスコーズという現在形だけでなく、その前身である毛皮のマリーズから続く変化の軌跡をたどる必要がある。


毛皮のマリーズから始まった“虚構とロックンロール”

志磨遼平の原点である毛皮のマリーズは、ロックンロールを過剰なまでに演劇的に拡張したバンドだった。

そこでは「ロックスター」という存在そのものが、現実というよりも“物語として演じられるもの”として扱われていた。

衝動的で、退廃的で、それでいてどこか文学的な誇張を含んだ世界観は、後のドレスコーズへと確実に引き継がれていく。

しかし同時に、その時点ではまだ“外側から見たロック”の匂いが強く残っていた。


ドレスコーズにおける“自己の更新”

毛皮のマリーズ解散後に始動したドレスコーズは、より内省的で、同時により実験的なプロジェクトへと変化していく。

ロックバンドという形式を保ちながらも、その中身はアルバムごとに大きく姿を変え続けてきた。

そこには一貫したテーマがあるとすれば、「ロックとは何か」を問い直し続ける姿勢そのものだ。

かつてのキャラクター性や虚構性は薄れ、むしろ“志磨遼平という個人の視点”が前面に出てくるようになる。

その変化は、音楽性の多様化と同時に、表現者としての距離感の変化でもある。


「ノイズ時代」に込められた現在の視線

「ノイズ時代」は、そのタイトルが示す通り、“音の時代”というよりも“情報と混乱の時代”を指し示しているように聴こえる。

反戦という明確なテーマを掲げながらも、楽曲は直接的なプロテストソングとしてではなく、むしろ現代に漂う違和感そのものを音に変換したような構造を持つ。

パリで撮影された映像もまた、特定の地理的意味を超えて、「どこでもありうる現在」を象徴しているようだ。


“ロックンロールの更新”としてのドレスコーズ

ドレスコーズの面白さは、常にロックという形式を守りながら、その意味内容を更新し続けている点にある。

毛皮のマリーズ時代のような過剰な演劇性から始まり、ドレスコーズではより抽象的で批評的な視点へと移行していった。

その変化は単なる音楽性の変遷ではなく、「ロックで何を語るのか」という問いそのものの進化でもある。

時代を外側から眺めるのではなく、時代の内部に入り込みながら、その歪みをそのまま音にしている。


代表曲「ピーター・アイヴァーソン」に見るポップと違和感の同居

ドレスコーズの楽曲の中でも象徴的な一曲として、「ピーター・アイヴァーソン」が挙げられる。

(※ここにYouTube埋め込み想定)

この楽曲には、キャッチーさと不穏さが同居する独特のバランスがある。

一見するとポップソングとして成立しているが、その内部にはどこか説明しきれない歪みが潜んでいる。

その違和感こそが、ドレスコーズというプロジェクトの本質を最もわかりやすく示している。


まとめ

ドレスコーズ「ノイズ時代」は、単なる新曲ではなく、毛皮のマリーズから続く志磨遼平の表現の延長線上にある現在地の提示である。

ロックンロールという形式を使いながら、時代そのもののノイズを可視化するその姿勢は、過去から一貫して進化し続けている。

虚構から始まり、自己の更新を経て、現在の社会へと接続されていくその軌跡は、今なお途切れることなく続いている。

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