ノイとデコについて
本記事は、NOISE // DECODE のゆるキャラ ノイ と デコ の対話形式でお届けします。
ノイ は、音楽を感情や情景で感じ取る「感覚派」。夜やコーヒー、散歩と相性がよく、「なんかエモい」「夜に聴きたくなる」といった直感で語ります。
デコ は、曲構成・歌詞・制作背景を読み解く「分析派」。データと構造が好きで、「なるほど、ここがポイントだね」と冷静に解説します。
二人は視点こそ違いますが、音楽への愛は同じです。感じ方と読み方、両方の角度からアルバムの魅力を探っていきます。
まず、一枚の輪郭
デコ: 今日はthe Smithsの3rdアルバム『The Queen Is Dead』(1986)だね。1985年7月から12月にかけて、Jacobs Studios(ファーナム)、RAK Studios(ロンドン)、Drone Studios(マンチェスター)で録音。MorrisseyとJohnny Marrプロデュース、Stephen Streetエンジニアリング。Rough Trade Recordsから、1986年6月16日リリース。全10曲、約37分。
ノイ: 37分って、けっこうコンパクトなのに、中身が濃いんだよね。
デコ: その密度が、このアルバムの特徴の一つだ。前作『Meat Is Murder』(1985)のあと、バンドはロンドンのプレッシャーから距離を置き、マンチェスター周辺で書き溜めた。Marrのボウドンにある自宅が、書き溜めの拠体になった。
ノイ: 郊外に逃げて、傑作を作るパターン。なんかわかる〜、創作には「外の世界を遮断する」時間が要るってこと?
デコ: Marr自身も、外の世界を遮断して創作に集中しようとした、と語っている。ただしレーベルとの関係は悪化しており、発売は当初予定の1986年2月から約4か月遅れた。Rough Tradeとの契約、流通、プレス対応など、複数の問題が絡んでいた。
タイトルとジャケット
デコ: Morrisseyがハーバート・セルビー・ジュニアの作品を愛読していたことは、よく知られている。表紙は、1964年の映画『勝利なき戦い』(The Unvanquished)に出演するアラン・ドロンのスチル写真。ドロン本人は使用を許可したが、Morrisseyの自伝によれば、タイトルについて両親が心配した、とも語られている。
ノイ: タイトル曲を聴くと、英国王室への挑発って感じするけど、小説や映画のイメージとも重なるんだね。
デコ: タイトル曲は反君主制的な色合いが強い、と批評されることが多い。ただしアルバム全体が政治宣言というより、英国への批評と個人的な孤立が織り込まれている、という見方が一般的だ。
ノイ: ジャケットのドロン、かっこいいけど、どこか寂しげ。中身と合ってる。
MarrのギターとMorrisseyの言葉
デコ: 音楽的には、インディー・ロック、ジャングル・ポップ、ポストパンクと分類されることが多い。Marrのギター——複数のパートを重ねた「ギターの網」——が、メロディとリズムの両方を担う。Morrisseyのボーカルは、ウィットとセンチメンタルさが同居する。
ノイ: ギターが歌ってる感じがする。ボーカルが浮いてるというか、二人で一つの声を作ってる。
デコ: the Smithsの本質はそこだね。作詞はMorrissey、作曲はMarr——クレジットが明確だが、完成形では分離できない。批評的には、メランコリーとユーモア、怒りと喜びの緊張がアルバムを貫いている、と語られる。
曲をいくつか:サイド1
The Queen Is Dead
デコ: 約6分24秒。オープニングは、Marrが十代の頃から書き溜めていた曲を土台にしている。Velvet Undergroundやデトロイト・ガレージ・ロックの影響が指摘される。途中に「Take Me Back to Dear Old Blighty」のメドレーが入る。バックコーラス名義の「Ann Coates」は、実際にはMorrisseyのボイスをハーモナイザーで加工したもの——Ancoatsはマンチェスターの地名だ。
ノイ: 最初のドラムのループ、なんかエモいよね。夜の街を歩きながら聴きたい、というか。
Frankly, Mr. Shankly
デコ: 約2分17秒。音楽業界——あるいはレーベル関係者——への手紙のような一曲。「Fame, fame, fatal fame / It can play hideous tricks on the brain」という歌詞は、名声への皮肉と渇望の両方を映す。Sandie Shawの「Puppet on a String」の雰囲気を再現しようとした、とMarrは語っている。
ノイ: 短いのに、毒っ気がある。笑えるけど、刺さる。
I Know It’s Over
デコ: 約5分47秒。アルバムの感情的な山の一つ。恋の終わりを、ほぼ容赦なく描く。「It’s over, it’s over, it’s over」——反復するフレーズが、希望の余地を削っていく。それでも「愛は自然でリアルなものだ」という行が残り、完全な虚無には落ちない。
ノイ: これ、夜に一人で聴くと危ない。なんかわかる〜、って言いたくなる曲。
デコ: 批評的には、自伝的な失恋譚として読まれることも多いが、歌詞だけで完結する悲しさもある。知らなくても機能する。
Never Had No One Ever / Cemetry Gates
デコ: 「Never Had No One Ever」は、Stoogesの「I Need Somebody」への影響が指摘される曲。Morrisseyは、マンチェスターの街で居場所がない感覚を語っているインタビューがある。「Cemetry Gates」は、タイトルの綴りがCemeteryではなくCemetry——意図的なミススペル。軽やかなポップの裏に、盗作への皮肉とオスカー・ワイルドへの言及がある。
ノイ: 「Cemetry Gates」だけ、ちょっと明るい。アルバムの中で息継ぎできる。
デコ: 批評的には、この曲がアルバムの流れの中で明るい緩急を担っている、と語られることが多い。配置が巧みだね。
曲をいくつか:サイド2
Bigmouth Strikes Again
デコ: 約3分11秒。速いドラムロールが特徴。メディアと社会への怒り——自分を殉教者的に描く——が歌詞に表れる。バックコーラスは当初Kirsty MacCollが歌ったが、最終ミックスではMorrisseyの加工ボイスに差し替えられた。こちらも「Ann Coates」名義。
ノイ: エネルギーが跳ねてる。the Smithsって、悲しいバンドのイメージだけど、こういう怒りもあるんだよね。
The Boy with the Thorn in His Side
デコ: 1985年7月、マンチェスターのDrone Studiosで最初に完成した曲。Marrは、『Meat Is Murder』ツアー中のバスに乗りながらメロディを思いついたと語っている。誤解される側としての自分——「How can they hear me say those words and still they don’t believe me?」——を、より普遍的な枠で歌う。
ノイ: 棘が刺さってる感じ。タイトルが絵になる。
Vicar in a Tutu
デコ: 約2分22秒。チュチュを履いた牧師——Morrisseyのユーモアと性別規範への挑発が、ミュージックホール風の軽さで届く。アルバムの「笑い」のピース。
ノイ: こういう曲があるから、the Smithsは暗いだけじゃ済まされない。
There Is a Light That Never Goes Out
デコ: 約4分2秒。アルバムの中で最も語られる曲の一つ。ダブルデッカーバスにひかれて死ぬ——という歌詞のイメージは、ロマンティックな破滅を象徴する。Marrは「初めて演奏したとき、今まで聴いた中で最高の曲だと思った」と語っている。歌詞の着想には、New York Dollsの「Lonely Planet Boy」が関係している、とされる。
ノイ: 最後まで消えない光、って歌詞と、すごい矛盾してる。死を願いながら、生が愛おしい。
デコ: 当時はシングル化されず——1992年、バンド解散後のコンピを兼ねてリリースされた。アルバムの中に閉じ込められたまま聴かれた曲でもある。
Some Girls Are Bigger Than Others
デコ: 約3分16秒。アルバムの締め。冒頭のフェードイン・アウト・再フェードインは、Streetが「ドアが閉まってまた開く」ようなミックスを目指した、と語る効果。Morrisseyは、意図的に意味の薄い歌詞を書いた——と説明している。
ノイ: 静かに終わる。爆発もなく、ただドアが閉まる感じ。
デコ: 比較的軽い締めくくりが、アルバム全体の重さを際立たせる。37分で済ませる——壮大さより、親密さを選んだ設計だ。
発売と、そのあと
デコ: 英国アルバムチャート2位、22週ランクイン。批評家からの評価は高く、後年さまざまなベストアルバムリストに名を連ねる。2013年、NMEは本作を「史上最高のアルバム」に選んだ——批評史における位置づけであり、当時の即時的な反応とは区別して見る必要がある。
ノイ: 当時は2位止まりなんだ。完璧じゃなかった、というか。
デコ: 商業的には、バンドが求めていた大成功には届かなかった面もある。だが音楽史的には、the Smithsの「帝国時代」——批評家が語る創作の頂点——として語られることが多い。翌年の4th『Strangeways, Here We Come』(1987)のあと、バンドは解散。本作がツアーを伴う最後のアルバムでもある。
デコ: Marrは後に、ツアーと録音のスケジュールで体を壊していた、とNMEに語っている。傑作の裏には、バンドの疲労もあった。

なぜ今も刺さるのか
ノイ: 2020年代に聴いても、ギターの弾き方が古く聞こえない。むしろ今のインディー・ロックのど真ん中にいる感じ。
デコ: ブリットポップ以降、the Smithsの影響は繰り返し語られてきた。Marrのギター編曲と、Morrisseyの歌詞のウィット——この組み合わせは、模倣されても原作の鮮度は落ちにくい。
ノイ: 孤独と皮肉と、それでも美しいメロディ。SNSで繋がってるのに孤立する、みたいな今の感覚とも、無理に結びつけなくても、もともと人間のテーマだよね。
デコ: その通り。Morrissey本人の現在の言動については別の文脈になるが、1986年のこのアルバムは、作品として独立している。批評するうえでは、音と歌詞と制作史に焦点を当てるのがよい。
ノイ: 夜、ヘッドホンで聴くと、1986年のマンチェスターと、今の自分の部屋が重なる。エモとチルどっちつかず、ってやつ。
デコ: いい締めだね。37分——長すぎず短すぎず。一曲一曲が独立して名曲でありながら、通して聴くと一冊の短編集になる。それが『The Queen Is Dead』の設計だ。
編集部まとめ
『The Queen Is Dead』は、英国インディー・ロックの文法を確立した約37分の短編集です。君主制への挑発から失恋の独白まで、Morrisseyの言葉とMarrのギターが等しく輝く。初めてなら「There Is a Light That Never Goes Out」から入っても、通しで37分を一気に聴いても——どちらも、このアルバムの「夜」の入り方として有効です。