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【ノイデコ解説 #2】ノイデコが解くMy Bloody Valentine『Loveless』──ノイズという愛の形

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ノイとデコについて

本記事は、NOISE // DECODE のゆるキャラ ノイ と デコ の対話形式でお届けします。

ノイ は、音楽を感情や情景で感じ取る「感覚派」。夜やコーヒー、散歩と相性がよく、「なんかエモい」「夜に聴きたくなる」といった直感で語ります。

デコ は、曲構成・歌詞・制作背景を読み解く「分析派」。データと構造が好きで、「なるほど、ここがポイントだね」と冷静に解説します。

二人は視点こそ違いますが、音楽への愛は同じです。感じ方と読み方、両方の角度からアルバムの魅力を探っていきます。

1991年、もうひとつの革命

デコ: 今日はMy Bloody Valentineの『Loveless』だね。1991年11月4日リリース、Creation Recordsから。同年にNIRVANA『Nevermind』も出ている——オルタナティブ・ロックがイギリスとアメリカの両方で地殻変動した年だ。全11曲、約49分。リーダーのケヴィン・シールズ(Gt./Vo.)、ビリンダ・ブッチャー(Gt./Vo.)、デビー・グージ(Ba.)、コルム・オキシーク(Dr.)の4人構成。

ノイ: 最初に聴いたとき、言葉にできなかったんだよね。ギターがギターじゃなくて、なんか「空気」みたいだった。

デコ: その「空気」がこの作品の核心だ。ただし制作は簡単ではなかった。2年以上かけて20近いスタジオを渡り歩き、制作費の膨張によってCreation Recordsの経営を大きく圧迫したことはよく知られている——「レーベルを破綻寸前に追い込んだ」という話は有名だが、半分は神話化されている部分もある。コルムは体調不良で一部の録音に参加できなかった期間もあり、ドラムの一部はサンプルやプログラミングなどで補われた。コルム自身が演奏したパターンを元にしたサンプルが使われた曲も多い。


ケヴィン・シールズの音響──グライド・ギター

デコ: MBVのサウンドを語るなら、まず**グライド・ギター(Glide Guitar)**から入るべきだね。Fender Jazzmasterを中心に、さまざまなアンプやエフェクトを組み合わせながら——Marshall、Fender、Vox、Yamaha、各種ラック機材など——トレモロアームを揺らしながらコードを弾く独自の奏法。弦のピッチが常に微振動し、1音1音が「生きている」ように聞こえる。

ノイ: だから歌詞が全然聴き取れないんだ。でもそれでいい気がする。「なんかわかる〜」って、言葉じゃなくて音の気持ちよさでわかる感じ。

デコ: グライド・ギターが核ではあるが、リバース・リバーブなどの空間処理もサウンド形成に重要な役割を果たしている。ネットでは「何百本ものギターを重ねた」という話もよく出るが、シールズ自身はそれを何度も否定している。少ないトラック数でも、録音方法とEQで巨大に聞こえる——幾重にも重ねられたように聴こえるギターサウンドは、層の多さというより、奏法とミキシングの結果だ。ボーカルは意図的にミックスの奥深くに沈められ、ビリンダの囁きとケヴィンの声が、もうひとつの楽器層として機能する。


曲をひとつずつ──音の地形図

Only Shallow

ノイ: 1曲目「Only Shallow」、冒頭のドラムとノイズの一撃で心臓掴まれるよね。

デコ: まさにこのアルバムの宣言だ。コルム本人のライブドラムが印象的な1曲でもある。サビには子供のようなフレーズが浮かぶが、『Loveless』は公式歌詞が掲載されていないため、具体的な文言は聴き取りに諸説がある——轟音の渦の中に、保護と破壊が同居するような印象は残る。

Loomer / Touched

デコ: 「Loomer」はアルバム中でもメロディが比較的クリアな部類。コード進行がゆっくり変化し、各コードの上でトレモロの揺れがずっと続く。コルムのタム・オーバーダブも入っている。3曲目「Touched」はインストゥルメンタルで、加工されたサンプルや電子音が前面に出る実験的な短い曲——アルバムの「柔らかい内臓」を見せる異色作だ。

ノイ: 「Touched」は朝もやの中を歩いてる感じ。前の曲のノイズが少し晴れたあとに来るから、余計にきれいに聞こえる。

To Here Knows When

デコ: 4曲目は個人的に音響的傑作だ。フルートのようにも聴こえるギターの音像——実際はギター由来と言われている。全体が夢の中の飛行のように浮遊する。シールズのピッチベンドが、聴いている間ずっと耳の中で微細に揺れ続ける。

ノイ: この曲、夜に聴きたくなるやつだね。窓の外が真っ暗で、部屋の中だけ時間が止まった感じ。

When You Sleep

デコ: 5曲目「When You Sleep」——おそらくバンド最大の「名曲」だ。イントロのギターリフは、歪みの中にメロディアスな明るさを秘めている。歌詞は恋愛を思わせるフレーズが浮かぶが、公式の歌詞が掲載されていないため、具体的な文言は聴き取りに諸説がある。ミックスの奥に沈んだボーカルは、言語より旋律で感情が伝わる。

ノイ: メロディだけ抜き出して口ずさむと、めちゃくちゃいい曲なんだよね。でもアルバムの中だと、もうノイズの一部になってる。溶けてる。

I Only Said / Come in Alone

デコ: 「I Only Said」はアルバム中盤のうねり。ギターのフィードバックが主旋律を担う。「Come in Alone」はコルムのライブ・ドラムが聴こえる曲で、トレモロの揺れが乗った進行にケヴィンのボーカルが載る。タイトルから、孤立と親密さのあいだを漂う雰囲気が読み取れる。

ノイ: 「Come in Alone」のギター、なんか泣いてるみたいに聞こえる。ピッチがちょっとずれてるのが、人の声みたい。

Sometimes

デコ: 8曲目「Sometimes」——ここは注意が必要だ。ドラムが前面に出る曲ではなく、アルバムでもっともアンビエント寄りの1曲だ。ギターの壁がゆっくりうねり、ボーカルが霧の中から浮かぶ。静かな暴力性が、轟音の中に溶けている。

ノイ: うん、これは「暴れる」というより「漂う」感じだね。エモとチルどっちつかず、の深い方。

Blown a Wish / What You Want

デコ: 「Blown a Wish」は再び浮遊感——ハーモニクスとリバーブの海。ビリンダのボーカルが少し前面に出る希少な瞬間でもある。10曲目「What You Want」は、轟音の密度を保ちながらメロディの輪郭がはっきりする曲——アルバム後半のクライマックス寄りの位置づけだ。

Soon

ノイ: 11曲目「Soon」、これだけ雰囲気違くない? なんか体が勝手に揺れるんだよね。

デコ: 的確な観察だ。シールズ自身がアシッド・ハウスのシーンに影響を受けたと認めた曲で、4つ打ちのキックドラムとテクノ的な構成が他の10曲と対照的だ。ギターのノイズは残っているが、リズムが先に立つ——ダンスフロアとベッドルームのあいだを行き往する。通常盤のラストトラックでもある。日本盤ボーナスなどに「Slow」が付くことがあるが、標準的な『Loveless』は11曲で「Soon」に終わる。

ノイ: アルバムの中でいちばん「チル」寄りかも。でもギターは相変わらずザラザラしてる。


制作の狂気──なぜこんなに時間がかかったのか

デコ: 『Loveless』の制作背景は音楽史の中でも特異だ。1989年のEP『Glider』『Tremolo』で方向性を固めたあと、シールズは音の質感を求めて録音とミックスを何度もやり直した。

  • 20近いスタジオを使用(ロンドン、アムステルダムなど)
  • ミキシングだけで2週間以上かかった曲もある
  • 制作費の膨張がCreation Recordsの経営を大きく圧迫した——創設者**アラン・マッギー(Alan McGee)**は後に、この制作との関わりについて複雑な感情を語っている

ノイ: 完璧主義っていうより、もう音そのものに執着してる感じだよね。曲を「作る」んじゃなくて、音を「育ててる」みたい。

デコ: シールズは「音の質感」に対して異常な感度を持っていた。結果として、デビューアルバム『Isn’t Anything』(1988)からの進化が、ここで限界点に達した。後の22年間、フォローアップのフルアルバムは出なかった(2013年の『m b v』まで)。『Loveless』は「完成形」としての性格が強い。


歌詞と声──聴き取れない言葉の意味

ノイ: 歌詞調べても、全然違うこと書いてある人がいて混乱するんだよね。みんな何歌ってるの?

デコ: 公式の歌詞が掲載されなかった作品もあり、聴き取りには諸説がある——ファンによる転写が割れるのはそのためだ。シールズは当時、タイトルだけを出版社に渡し、歌詞はレーベル側が聴き取ったものが流通したと語っていることもある。ストリーミングに表示される歌詞は、バンド自身が「誤りだ」と公言した例もある——正確な歌詞テキストを前提にしないのが、この作品の聴き方だ。だが大まかなテーマは読み取れる。恋、喪失、夢と現実の境界、身体の感覚。ビリンダのボーカルは柔らかく、ケヴィンの声は時に攻撃的だが、どちらもミックスで削がれている。

ノイ: 恋の歌なのにどこか寂しいよね。言葉ははっきりしないけど、なんかわかる〜って感じ。

デコ: シューゲイザーの歌詞は1990年代のインディー全般に共通する「内向性」の極致だ。それを轟音で包むから、感情が増幅される。聴き取れないことで、リスナーは自分の記憶や感情を歌詞の空白に投影する——『Nevermind』のカートが曖昧な歌詞を書いたのと、似た戦略だが、アプローチは正反対だね。


1991年の『Nevermind』との対比

デコ: 同じ1991年、イギリスとアメリカから出た2枚を並べると面白い。

『Nevermind』『Loveless』
中心メロディとパンクの爆発テクスチャとノイズの溶融
ボーカル前面、叫び奥深く、囁き
制作期間数週間2年以上
商業的結果メガセラー批評的傑作、セールスは控えめ
影響グランジ主流化シューゲイザー、ドリームポップ

ノイ: 『Nevermind』が体育館で暴れる音なら、『Loveless』は布団にくるまって夢を見る音だね。

デコ: いい比喩だ。だが布団の中でも雷鳴はしている。穏やかなチルミュージックではない——静かな暴力性がある。音量を上げれば、ライブハウスを圧壊するほどのギター・ウォールを作れるバンドでもある。


30年後、なぜまだ「現役」に聞こえるのか

ノイ: 2020年代に新しくシューゲイザー好きになった人、多いよね。きのこ帝国とか、Luminous Orangeとか。みんな『Loveless』の子孫って感じ。

デコ: その通り。日本では90年代後半から00年代にかけて、きのこ帝国、Luminous OrangeなどがMBVの系譜を受け継いだ。現代ではDIIV、Alvvays、No Joy、そして2013年のMBV自身の『m b v』が、なおこの音の文法を使っている。

理由は3つ——

  1. テクスチャが時代を超越する。シンセポップやエレクトロニカが主流の今、「音の層」を重視する耳はむしろ増えた
  2. ボーカルが奥に配置されたミックスは、現代のリスニング環境でも新鮮に響く
  3. 感情的な普遍性——恋、孤独、夢——は言語や年代を超える

ノイ: あと、イヤホンの音質が良くなったのも大きい気がする。ちゃんとしたので聴くと、層の奥行きがすごい。

デコ: 鋭い。『Loveless』は良い再生環境を要求するアルバムでもある。スピーカーの定位、低域の解像度、ステレオ幅——すべてが設計に関わっている。


編集部より

『Loveless』は「シューゲイザーの最高傑作」というラベルだけでは足りない。ケヴィン・シールズが2年以上かけて20近いスタジオで磨き上げたグライド・ギター、トレモロの微振動、意図的に沈められたボーカル、そしてラスト「Soon」が持つダンスフロアの残像——11曲それぞれに音楽的な仕掛けがある。ノイが感じた「空気のようなギター」と、デコが解いた「音の地層」。ヘッドホンをちゃんと装着して、最初のドラムの一撃から「Soon」の終わりまで通しで聴いてみてほしい。きっと1991年に、もうひとつの革命が何だったのかが、耳だけではなく身体でもわかるはずだ。

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