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【ノイデコ解説 #11】The Beach Boys『Pet Sounds』──36分に閉じ込めた、青春の終わりとスタジオの革命

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ノイとデコについて

本記事は、NOISE // DECODE のゆるキャラ ノイ と デコ の対話形式でお届けします。

ノイ は、音楽を感情や情景で感じ取る「感覚派」。夜やコーヒー、散歩と相性がよく、「なんかエモい」「夜に聴きたくなる」といった直感で語ります。

デコ は、曲構成・歌詞・制作背景を読み解く「分析派」。データと構造が好きで、「なるほど、ここがポイントだね」と冷静に解説します。

二人は視点こそ違いますが、音楽への愛は同じです。感じ方と読み方、両方の角度からアルバムの魅力を探っていきます。

まず、一枚の輪郭

デコ: 今日はThe Beach Boysの11thスタジオ・アルバム『Pet Sounds』(1966)だね。Capitol Recordsから1966年5月16日リリース。プロデュース・アレンジ・作曲の中心はBrian Wilson。歌詞はTony Asherが大半を担当。録音は1965年7月から1966年4月頃——本格的なセッションは1966年1月から4月——ロサンゼルスのWestern Recorders、Gold Star Studios、Columbia、Sunset Soundなどで行われた。全13曲、約36分。

ノイ: サーフ・ロックのThe Beach Boysってイメージ、これ聴くと全然違うよね。

デコ: その「違い」が、この作品の核心だ。前作『The Beach Boys Today!』(1965)で始まったオーケストラ的な方向を、Brian Wilsonがさらに極限まで押し進めた。制作費は当時として前例のない7万ドル超——セッション・ミュージシャン(いわゆるWrecking Crew)がバッキングをほぼ担い、バンド本体は主にボーカル・ハーモニーに集中した。

ノイ: Brianだけが作ってる感じ、強い?

デコ: Wilson自身は後年、「グループの外に出て輝く機会だった」と語っていることもある。ツアーから離れたBrianがスタジオに閉じこもり、Carl、Dennis、Mike Love、Al Jardineらは海外ツアーを続けた——そんな体制のもとで作られた。バンドメンバーが録音に本格参加したのは、帰国後のボーカル・オーバーダブが中心だ。


なぜ、今この音が必要だったのか

デコ: 背景には、Brian Wilsonの転換点がある。1964年12月、ツアー中にパニック発作を起こし、以後ライブから離れた。1965年1月、彼はツアーからの離脱を表明し、作曲とスタジオ制作に専念する。

ノイ: 海と車と夏のイメージから、一気に大人の話になるんだよね。

デコ: 1965年の『Today!』『Summer Days (And Summer Nights!!)』で、その兆候はすでにあった。サーフィンや車、単純な恋のモチーフから離れ、内省的な歌詞へ。WilsonはPhil Spectorのウォール・オブ・サウンドに強く影響を受けていたが、1965年末に聴いたThe Beatles『Rubber Soul』(米国盤)も、一枚の「隙のない」アルバムを作りたいという動機になった、と本人は繰り返し語っている。

ノイ: The Beatlesとのライバル関係、って言われるよね。

デコ: ただしWilson自身は「Rubber SoulがPet Soundsの構想を明確にしたわけではない」とも述べている。Spectorへの憧憬、Rubber Soulへの刺激、Tony Asherとの出会い——複数の要因が重なった結果だと考えるのが妥当だ。

デコ: 1965年、Wilsonは広告コピーライターのTony Asherと出会い、約3週間にわたる作詞セッションを行った。Asherは「歌詞の言葉選びは私の仕事だったが、全体の趣旨はBrianのもの」と振り返っている。ジャズやTin Pan Alleyの感覚も、Asherを通じて取り込まれた。


スタジオが楽器になった

ノイ: 音の厚み、なんかエモいよね。夜に聴きたくなる感じ。

デコ: Wilsonは楽譜ではなく、ハミングや口頭の指示でアレンジを伝え、Wrecking Crewの即興力に委ねた。Hal Blaine(ドラム)、Carol Kaye(ベース)、Glen Campbell(ギター)らが参加。楽器のレイヤーは曲によって6種から15種以上——ウクレレ、スレイベル、オルガン、ティンパニ、バス・ハーモニカ、自転車のベル、コカ・コーラの缶にまで及ぶ。

ノイ: 「That’s Not Me」だけ、バンド自身が演奏してるって聞いた。

デコ: その通り。この一曲はCarl、Dennis、Alらが楽器を担当しており、バッキングがバンド本体による数少ない例だ。ほかの曲でもメンバーが部分的に参加している箇所はあるが、全体としてはセッション・ミュージシャンが担っている。

デコ: もう一つの重要な選択が、モノラル・ミックスだ。WilsonはSpectorと同様、モノを意図的に選んだ——右耳の難聴も要因の一つとされる。本格的なステレオ・ミックスが登場したのは、1997年の『The Pet Sounds Sessions』まで待つことになる。

ノイ: だからずっとモノ盤が「本番」って言われてるんだ。

デコ: 多くの批評家・ファンがそう位置づけている。Wilsonはモノで音の再現をコントロールできる、と考えていた。


曲を通して読む

サイド1——若さへの憧れと、すれ違い

デコ: 冒頭の「Wouldn’t It Be Nice」は、大人になりたい若い恋人の視点。ボーカル録音だけで一週間を費やした、と伝えられる曲でもある。Mike LoveはBrianの耳の敏さを「Dog Ears(犬の耳)」とあだ名した、とも。

ノイ: 明るいのに、どこか切ない。エモとチルどっちつかず。

デコ: 「You Still Believe in Me」は、欠点を自覚する男の内省。「Don’t Talk (Put Your Head on My Shoulder)」は言葉を超えた親密さ——弦楽六重奏が加わり、ハーモニーの複雑さが増す。インストゥルメンタルの「Let’s Go Away for Awhile」は、ストリングス、サックス、オーボエ、ヴィブラフォンなどを重ねたオーケストラルなアレンジ——Wilson自身が「それまでで最高の作品の一つ」と語った曲だ。

ノイ: 「Sloop John B」だけ、民謡カバーで浮く感じする。

デコ: Al Jardineが提案し、Wilsonがアレンジしたカリブ民謡のカバー。Capitol Recordsがシングル・ヒットを期待して収録を求めた、とも言われている。商業的な要請と芸術的な野心が同居した、例外的な一曲だ。

サイド2——愛、疎外感、そして別れ

デコ: 「God Only Knows」——タイトルに「God」を明示したこと自体が、当時のポップではタブーに近かった。恋人を失ったら自分の人生は神にしか分からない、という歌。Paul McCartneyは「史上最高の曲の一つ」「涙が出る」などと高く評価しており、『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』制作期のThe Beatlesにも刺激を与えた、という文脈で語られることが多い。

ノイ: なんかわかる〜、愛してるって言うより「失ったら終わり」に近い感じ。

デコ: 「I Know There’s an Answer」は、当初のタイトル「Hang On to Your Ego」から変更された。Mike Loveが「ego」という言葉がドラッグ文化を連想させることを嫌がったため、とも言われている。バンド内では歌詞をめぐる意見の相違があった、と伝えられる。

デコ: 「I Just Wasn’t Made for These Times」は、時代に取り残された感覚——Electro-Theremin、ハープシコード、ティンパニが織りなす、最も「未来的」と言われる一曲。Carl Wilsonは後年、「ホリウッド的な幻想が崩れるときの失望と、無垢さの喪失」がこのアルバムの反復テーマだと語っている。

ノイ: 最後の「Caroline, No」、犬の鳴き声で終わるの、なんかエモいよね。

デコ: 失われた無垢さへの嘆き。アルバム版の終わりは、Wilsonの飼っていた犬の吠え声と、Capitolの効果音盤から取った汽車の音でフェードアウトする。青春の終わりを、音響で描いたエピローグだ。


ジャケットという違和感

ノイ: ジャケット、動物園でヤギに餌やってる写真じゃない? 中身と全然合わない気がする。

デコ: San Diego Zoo(サンディエゴ動物園)で撮影された写真で、バンドメンバー自身も不満を持っていた。Al Jardineは「もっと繊細で啓発的なものが欲しかった」と語り、Bruce Johnstonは「レコード業界史上最悪のジャケット」と冗談めかして言った、とも。音楽とビジュアルの乖離——後から見ると、皮肉にも本作の「イメージの固定化」と重なる。


リリースと、そのあと

デコ: 当初の商業成績は、バンドの過去作に比べると控えめだった。全米Billboard 200で最高10位。発売直後にCapitolは『Best of The Beach Boys』というヒット集を急発売し、こちらの方がチャートで上回った——レーベルが本作のプロモーションを十分に行わなかった、とCarl Wilsonは後年語っている。

ノイ: アメリカでは微妙で、イギリスでは評価が高かった?

デコ: そういう傾向がある。英国では批評家やミュージシャンから熱狂的に迎えられ、Record Retailerチャートで2位、トップ10に6か月留まった。1966年5月、Bruce JohnstonがロンドンでJohn LennonとPaul McCartneyにアルバムを聴かせた、というエピソードも広く知られている。

ノイ: 今は「史上最高」リストの常連だよね。

デコ: 長いあいだ、アメリカではThe Beatlesの作品に比べて注目が薄かった面もあったが、再発や批評の蓄積を経て、ポップ音楽史における最重要作の一つとして定着している。1998年にはGrammy Hall of Fameに、2004年にはアメリカ議会図書館のNational Recording Registryに選定された。Rolling Stoneの「史上最高のアルバム500」でも一貫して上位にランクされている。

デコ: 続編と目された『Smile』は頓挫し、1967年には『Smiley Smile』に置き換えられた。だが『Pet Sounds』自体は——Brian Wilsonが23歳のときに完成させた、スタジオ制作の到達点として——その後のポップ、プログレッシブ・ポップ、チャンバー・ポップに影響を与え続けている。


編集部メモ

『Pet Sounds』は、サーフ・ロックのバンドが「別のバンド」に変わった瞬間ではなく、スタジオという楽器の中で青春の終わりを記録した作品だ。モノラルの一枚に閉じ込められたオーケストラの厚みと、The Beach Boys固有のボーカル・ハーモニー——その矛盾が、無垢さの喪失というテーマと重なっている。56年経った今も、ヘッドホンで聴けば、まだ「これから大人になる」予感と、もう戻れないという嘆きが同時に残っている。

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