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【ノイデコ解説 #9】Vampire Weekend『Modern Vampires of the City』──43分の成熟と、都市の霧

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ノイとデコについて

本記事は、NOISE // DECODE のゆるキャラ ノイ と デコ の対話形式でお届けします。

ノイ は、音楽を感情や情景で感じ取る「感覚派」。夜やコーヒー、散歩と相性がよく、「なんかエモい」「夜に聴きたくなる」といった直感で語ります。

デコ は、曲構成・歌詞・制作背景を読み解く「分析派」。データと構造が好きで、「なるほど、ここがポイントだね」と冷静に解説します。

二人は視点こそ違いますが、音楽への愛は同じです。感じ方と読み方、両方の角度からアルバムの魅力を探っていきます。

まず、一枚の輪郭

デコ: 今日はVampire Weekendの3rdアルバム『Modern Vampires of the City』(2013)だね。2012年から2013年にかけて、ニューヨークとロサンゼルスの複数スタジオ——Rostam Batmanglijのブルックリンのアパート、Downtown Studios(NY)、Vox Studios、Echo Park Back House、Slow Death Studios(LA)など——で録音。Rostam BatmanglijとAriel Rechtshaidがプロデュース。XL Recordingsから2013年5月14日リリース。全12曲、約43分。

ノイ: 前作『Contra』(2010)から3年。けっこう間が空いた感じするよね。

デコ: その背景が大きい。『Contra』のワールドツアー後、バンド結成以来ほとんど休みなく活動してきた彼らにとって、本格的な休息期間となった。Koenigは恋人と別れてニューヨークを離れ、一時ロサンゼルスにいたが数か月で戻る。Batmanglijはソロ活動や他アーティストのプロデュースを進め、Baioもソロ名義で制作を進めるなど——2012年にはSunburn EPもリリースしている——それぞれの活動を経たのち、2011年頃から本格的に新作の制作を始めた。

ノイ: 焦らず作った、ってこと?

デコ: 締め切りを設けず、BatmanglijとKoenigが週に何度も会って書き溜めた。マーサズ・ヴィニヤードへの「作曲リトリート」もあった。バンドにとって初めて共同プロデューサーを迎え入れたのも、この時期のことだ。

ノイ: 初めて共同プロデューサーを迎えるって、けっこう大きな転換点じゃない。

デコ: Rechtshaidとの交流、新しい視点への欲求、Batmanglijが共同制作を望んだこと——複数の理由が重なったと考えられる。Rechtshaid自身は、バンドが過去作っぽい方向に寄ったとき「それはもうやったよね」というスタンスを取っていた、と語っている。過去の自分を参照するのではなく、新しい音を探す意図がはっきりしていた。


ジャケットとタイトル

デコ: 表紙は『ニューヨーク・タイムズ』の写真記者Neal Boenziが1966年11月、エンパイア・ステート・ビルの屋上から撮った、スモッグに覆われたマンハッタンの写真。当時ニューヨークは大気汚染が深刻だった。

ノイ: 未来の廃墟みたいに見える。でも実際は過去の写真なんだよね。なんかゾッとする。

デコ: Koenigは「過去の写真なのに未来の都市にも見える」と語っている。当時の公害写真が、いま見るとディストピアの予感にも感じられる——そういう選び方をした。

ノイ: タイトルも、吸血鬼って言葉が入ってるから、暗いイメージが強い。

デコ: 出どころはJunior Reidの1990年曲「One Blood」の歌詞。Koenigはそのフレーズ「modern vampires of the city」が「ユーモラスでありながら、同時に不気味で深い」と感じ、アルバム名にした。タイトルの発表方法も印象的で、2013年2月4日の『ニューヨーク・タイムズ』の「Notices & Lost and Found」欄に、装飾的な文字でタイトルと発売日が掲載された。

ノイ: ニューヨークの新聞の迷子欄にアルバム名。なんかわかる〜、このバンドらしい。

デコ: 都市とメディアへの愛着が、音楽以前から伝わってくるよね。


音が変わった理由

ノイ: 1stと2ndを聴いたあとに3rdを入れると、なんか空気が違う。エモいというか、静かというか。

デコ: 意図的な転換だ。1st『Vampire Weekend』(2008)のキャンパス的な軽快さ、2nd『Contra』の世界音楽的な拡張——その先に、Batmanglijが言う「メジャーキーなのに、どこか暗いものが漂っている」緊張感がある。

デコ: 前作ほど前面には出さず、アフロ・カリブ系のリズム感を抑え、オルガン、ハープシコード、控えめなサンプルで構成されたチャンバー・ポップ寄りの音に寄せた。ただし「Step」や「Worship You」など、アフロポップ的な要素が残る曲もある。AllMusicのHeather Pharesは、『Contra』の多様な影響を捨て、「デビュー作のより内省的な版」に近いと評している。

ノイ: でも実験的な部分もあるよね。「Diane Young」とか、声が変。

デコ: そこが技術的な核心の一つ。ピッチシフトとフォーマントシフトを多用している。KoenigのボーカルにEventide Harmonizerを通し、声の高さだけでなく声道の質感まで変える。ドラムはテープに低速録音してから再生速度を上げ、Tomsonがそれに合わせて再録——さらに元の速度に戻す、という手法も使われた。

ノイ: 「若く死ぬか、長く生きるか」を歌う曲で、赤ちゃんの声みたいなのからおじさんの声まで行くの、意味あるよね。

デコ: Koenig自身がNPRのインタビューで、まさにその意図を語っている。テープマシンやアナログ機材へのこだわりも強く、デジタル録音の「冷たさ」を避けるためにEQの自動化やスペクトラム分析で「手術」をかけたとBatmanglijは説明している。


死と信仰というテーマ

デコ: 歌詞面では、1st・2ndの「特権的な若者」「旅行と観光」から、大人の責任、時間の経過、死、信仰へと軸が移っている。曲名だけ見ても——「Unbelievers」「Everlasting Arms」「Worship You」「Ya Hey」——神や信仰と向き合う姿勢がはっきりしている。

ノイ: 「Unbelievers」の

I’m not excited but should I be? / Is this the fate that half of the world has planned for me?

って、なんかわかる〜。期待と不安が半分ずつある感じ。

デコ: Koenigはこのアルバムを三部作の終章と位置づけ、『ブライズヘッド・リヴァイテッド』にたとえて語った。「無邪気な学生時代→世界の拡張→成長と信仰の思索」。成長小説(ビルドゥングスロマン)として読んでもいい、と本人は言っている。

ノイ: 信仰って言葉、重いけど、このアルバムは重すぎないんだよね。

デコ: Koenigは「自分が信者かどうか」より、「信仰というものをどう捉えるか」に興味があると繰り返し語っている。疑いと敬意が同居しているのが、この作品の温度だ。


曲を通して読む

入口と出口

デコ: 冒頭の「Obvious Bicycle」はRas Michael and The Sons of Negusの「Keep Cool Babylon」をサンプリング。合唱のようなコーラスが広い空間を作り、扉を開ける。

ノイ: 終わりの「Young Lion」は1分45秒の小品。Rostamが歌う——このアルバムで唯一のリードボーカル曲。

デコ: 着想の一つは、KoenigがATMの列で待っていたとき、見知らぬ人に「You take your time, young lion(ゆっくりでいいよ、若き獅子よ)」と声をかけられた、というエピソード。Batmanglijは『Contra』制作末期に曲の原型を書き、暗い「Hudson」のあとに置くことで、わずかな希望を残した。

ノイ: 暗い曲のあとに、短い慰め。構成がいい。

ハートにある「Step」

デコ: アルバムの中心は「Step」だと多くの批評家が言う。出発点はSouls of Mischiefの未発表デモ「Step to My Girl」——そのデモ自体がYZの「Who’s That Girl」からフレーズを借り、Breadの「Aubrey」(Grover Washington Jr.版でも知られる)のメロディも参照している。いくつもの時代とジャンルをまたいだ参照が、一枚の恋の歌に収まっている。

ノイ: コーラスで

Wisdom’s a gift, but you’d trade it for youth / Age is an honor — it’s still not the truth

って歌うの、エモとチルどっちつかずなんだけど、刺さる。

デコ: Koenigは「コラージュで物語を語る」スタイルだと説明している。単語の羅列が、老化や音楽への姿勢という「言葉より大きな感情」を生む。コーラスはBatmanglijのMacBook Pro内蔵マイクで録られた、というエピソードも有名だ。

「Diane Young」と時間のいたずら

デコ: タイトルは「dying young(若くして死ぬこと)」の言葉遊び。フォーマントシフトされたボーカルが、若さと老いを同時に聴かせる。2013年3月19日、「Step」との両A面シングルとして先行リリースされた。

ノイ: 明るく聴こえるのに、テーマは死。ギャップがこのバンドらしい。

「Hannah Hunt」——静かな破壊

デコ: バンドが最も個人的に語る曲の一つ。Rechtshaidのロサンゼルスの裏庭、アボカドの木の下で録音されたとBatmanglijは言っている。周囲の環境音をあえて消さなかった、とも。

ノイ: ピアノが静かに始まって、途中で崩れていく。なんかエモいよね、言葉より音のほうが感情を語ってる感じ。

デコ: 歌詞の「Brooklyn saw me, empty at the news / There’s no coast of paradise for man or beast」(ニュースを聞いて虚しくなった、楽園の岸辺はどこにもない)——個人的な喪失と、世界の限界が重なる。

「Finger Back」——ローカルな物語

デコ: Koenigは友人から聞いた話を着想の一つにしている——正統派ユダヤ教の家庭の女性が、ニューヨークのファラフェル店の従業員に恋をし、家族と衝突する、というロミオとジュリエット的なエピソードだとNMEでは語っている。曲全体がその物語をそのまま語っている、とまでは言い切れないが、宗教や文化的背景の違いが絡む都市のローカルな人間関係への眼差しが感じられる。

ノイ: 曲名は「指を折り返す」イメージと、相手を「こっちへ」と招く仕草のダブルミーニング、とも言われてるよね。

デコ: 批評的にも議論を呼んだ曲の一つだ。歌詞からさまざまな読みが可能で、本人が特定の解釈を明言しているわけではない。

「Ya Hey」——神の名前を歌わない歌

デコ: タイトルはヘブライ語の神名YHWH(ヤハウェ)の言葉遊び。ユダヤ教では発音を避ける名前を、敢えて「Ya Hey」と音だけ近づけている。歌詞全体が神との対話として読め、出エジプト記の燃える茂み——「我は在る」——を想起させる構図になっている。

ノイ: 教会の合唱隊みたいなコーラスと、Ezraの語りが混ざるの、夜に聴きたくなる。

デコ: Koenigはユダヤ系の家庭で育ち、バー・ミツヴァーを経験しているが、本人は積極的な実践者ではないと語る。「神を信じるか」より「アメリカはあなたを愛していない(America don’t love you)」という、アイデンティティと制度への問いのほうが大きい。

「Hudson」——終わりに近づく

デコ: 1611年、ハドソン湾で乗組員の反乱により置き去りにされ、消息を絶った探検家Henry Hudsonにちなむ。冬、夜、川——アルバムで最も「終末」に近い曲。

ノイ: ここまで来ると、部屋の空気が冷たくなる。でもそのあと「Young Lion」がある。構成がいい。


評価と、そのあと

デコ: 批評的には2013年を代表する作品の一つ。Metacritic 84点。Pitchforkは9.3点で2013年ベストアルバム1位、Rolling Stoneも年間1位に選出。Pazz & Jopでは2位。2014年のグラミー賞で最優秀オルタナティブ・ミュージックアルバムを受賞。Billboard 200初登場1位(初週13万4千枚)——バンドにとって2作連続の全米1位だった。

ノイ: 2020年、Rolling Stoneの「史上最高のアルバム500」で328位に選ばれた、とも。

デコ: そう。インディー・ロックの「2010年代の古典」として定着している。2020年の『Father of the Bride』まで、約7年の空白があったが、その間もこの第三作はバンドの到達点として語り継がれた。

ノイ: Rostamは2016年に正式メンバーを離れたけど、「Young Lion」は彼が正式メンバーとして残した最後のアルバム収録リードボーカル曲なんだよね。後から知ると、また違って聴こえる。

デコ: 当時はそう意図していたわけではないが、後から見ると三部作のエピローグとして聴こえる——そういう話はBatmanglij自身も語っている。偶然と必然が重なった終わり方だ。


編集部メモ

『Modern Vampires of the City』は、キャッチーなインディー・ポップバンドが「成熟した」というより、成熟の不快感——死、信仰との距離、都市の汚染——を正面から音にした作品だ。43分のコンパクトさのなかで、サンプルの系譜からフォーマントシフトの実験まで幅広く、それでも一枚の都市の霧としてまとまっている。若さを手放すことへの恐れと、手放さざるを得ない現実のあいだで、2010年代の都市生活を生きる感覚を記録したアルバムとして、今も色褪せていない。

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