2010年代初頭、インディーロックシーンではガレージロック・リバイバルの熱狂が一段落し、新しいサイケデリックロックの形が模索されていた。
その中心に現れたのが、イギリス・ケタリング出身の4人組、Templesだった。
フロントマンのジェームス・バッグショウを中心に結成された彼らは、2014年に発表したデビューアルバム『Sun Structures』によって一躍世界的な注目を集める。60年代サイケデリアへの深い愛情を感じさせながらも、単なる懐古主義には陥らない。その鮮やかなメロディと立体的な音響設計は、当時のインディーロックシーンにおいて極めて新鮮だった。
以降も『Volcano』『Hot Motion』『Exotico』と作品を重ねながら、Templesは常に変化を続けてきた。特に近作では、従来のネオサイケ路線だけではなく、シンセサイザーや電子音楽の要素を積極的に取り込み、バンドのサウンドを拡張している。
なぜTemplesは現代サイケの代表格と呼ばれるのだろうか。
それは彼らが「過去のサイケロックを再現するバンド」ではなく、「サイケデリックという感覚そのものを現代に翻訳するバンド」だからだ。
例えば1960年代のサイケロックがLSD体験や意識拡張を音楽で表現しようとしたのに対し、Templesはデジタル時代の浮遊感や現実逃避をサウンドで描く。
その意味では、彼らはThe BeatlesやPink Floydの系譜というより、Tame Impalaと同じ時代のサイケデリアを鳴らしている。
そして2026年、彼らは5作目となる『BLISS』を発表した。今作では90年代後半から2000年代初頭のダンスミュージックやエレクトロニカの要素を取り込み、これまで以上に大胆な変化を見せている。
『BLISS』とは何を目指した作品なのか
『BLISS』というタイトルは「至福」「恍惚」を意味する。
興味深いのは、その言葉が持つ精神性と、今作の音楽性が見事に一致していることだ。
先行情報によれば、本作は90年代〜2000年代初頭のダンスミュージックから強い影響を受けており、従来のサイケロックにクラブミュージック的な快楽性を融合させた作品になっているという。
かつてのTemplesは宇宙空間を漂うようなバンドだった。
しかし『BLISS』のTemplesは踊る。
それも単なるダンスロックではない。
サイケデリアとダンスミュージックが交差する場所を探している。
これはTame Impalaが『Currents』で行った挑戦にも近い。
ただしTemplesの場合、よりバンドサウンドの有機性を残したまま電子音楽へ接近している点が特徴だ。
Jet Stream Heart
アルバムのオープニングを飾る先行シングル。
本作を象徴する一曲と言っていいだろう。
ジェームス・バッグショウ自身が「クラブで音楽に飲み込まれる感覚」をテーマに語っており、シンセとギターの境界線を曖昧にするサウンドメイクが特徴となっている。
従来のTemplesであればギターが中心に存在していた。
しかし今作では音響全体が一つの塊として機能している。
そこにはDaft Punk的な高揚感も感じられるし、Tame Impala『The Slow Rush』以降のダンスサイケ路線との共通点も見出せる。
一方でメロディには英国ポップの気品が残されており、単なるクラブミュージックにはなっていない。
サイケロックとダンスミュージックの融合という意味で、Templesのキャリアのなかでも重要な転換点となる楽曲だろう。
Vendetta
先行公開されたもう一つの重要曲。
Redditなどの海外コミュニティでも「初期Templesらしさと新しいグルーヴが共存している」という評価が多く見られた。
『Jet Stream Heart』が未来へ向かう楽曲だとすれば、『Vendetta』は過去と未来を繋ぐ楽曲だ。
サイケデリックなギターフレーズ。
反復によるトランス感。
そしてダンサブルなリズム。
これらはTemplesがこれまで培ってきた武器そのものだ。
しかしリズムの組み立て方や音像は過去作よりもはるかに洗練されている。
『Sun Structures』の頃のTemplesが万華鏡のようなサイケデリアを描いていたなら、『Vendetta』はネオンに照らされた夜のサイケデリアだ。
Revelations
タイトルからして象徴的な楽曲。
「啓示」という意味を持つこの曲は、おそらくアルバムの精神的な中心に位置している。
Templesは昔から宗教的・神秘主義的なモチーフを好んできた。
だが近年の彼らは神秘性を歌詞だけではなく音響そのもので表現している。
リバーブやディレイによって作られる空間。
反復するフレーズ。
徐々に変化するレイヤー。
それらは現代的なサイケデリアそのものだ。
なぜ『BLISS』は重要なのか
Templesはこれまで何度も進化してきた。
しかし今回の『BLISS』は、その変化の幅がこれまでで最も大きい。
実際にバンド自身も「最も前向きで実験的な作品」と位置づけており、90年代ダンスミュージックの影響を明確に打ち出している。
近年のサイケロックは成熟期に入っている。
多くのバンドがTame Impala以降の方法論をなぞるなかで、Templesはそこからさらに先へ進もうとしている。
だからこそ『BLISS』は単なる新作ではない。
現代サイケデリックロックが次に向かう方向を示す作品なのだ。
『Sun Structures』が2010年代の幕開けを象徴したように、『BLISS』は2020年代後半のサイケロックを占う一枚になるかもしれない。