京都の田園から始まった特異なバンド
京都府綾部市出身の5人組バンドHAPPYは、2012年の結成以来、日本のインディーシーンにおいて極めて特異な存在であり続けている。
サイケデリックロック。
そう説明することは簡単だ。
しかし実際のHAPPYは、単純なジャンル分けを拒む。
初期作品ではMGMTやThe Flaming Lipsを思わせるポップセンスを持ちながら、次第にクラウトロック、ニューエイジ、ワールドミュージック、アンビエント、さらにはレイヴカルチャーまでを飲み込みながら独自のサウンドを形成していった。2013年にはSUMMER SONICへの出演や、The Flaming Lips来日公演のサポートアクトも務めている。
その後も彼らは「売れるためのバンド」ではなく、「探究するためのバンド」として活動を続けた。
GEZAN主催の全感覚祭への出演、レイヴでの長時間ジャムセッション、サーフフィルムへの楽曲提供など、その活動は常に音楽の境界線を越え続けてきた。
そして2024年。
約5年ぶりとなるフルアルバム『Ancient Moods Mahollova Mind』が発表される。
この作品は単なる新作ではない。
HAPPYというバンドが次のフェーズへ移行したことを示す重要な作品なのである。
『Ancient Moods Mahollova Mind』とは何だったのか
前作『High Planet Cruise』までは、どこかポップバンドとしての顔が残っていた。
サイケデリックでありながらも親しみやすいメロディ。
浮遊感の中にあるキャッチーさ。
それらはHAPPY最大の武器だった。
しかし本作では、そのポップ性が中心ではなくなっている。
アルバムタイトルにもある「Ancient(古代)」と「Mind(精神)」。
彼らは今作で、外の世界ではなく内なる世界へと潜っていく。
テーマとして掲げられているのは古代への憧憬や精神世界の探究であり、パンデミック期間中に構築した自宅スタジオで録音された楽曲群には、その内省的な空気が色濃く反映されている。
結果として生まれたのは、「曲の集合体」というより一つの旅路のようなアルバムだ。
聴き終えたときに残るのは楽曲単体の印象ではなく、どこか遠い場所を歩き続けていたような感覚なのである。
サイケデリアから精神世界へ
本作を聴いてまず感じるのは、従来のサイケデリックロックとは明確に異なるアプローチだ。
一般的なサイケデリックロックが意識の拡張を目指す音楽だとすれば、本作は意識の深層へ潜る音楽である。
「Pineal Wave」や「Dimension13」などの楽曲タイトルからも分かるように、作品全体にはスピリチュアルなモチーフが散りばめられている。
しかし決して胡散臭くはならない。
それはHAPPYが宗教性ではなく“感覚”として精神世界を扱っているからだ。
シンセサイザーの揺らぎ。
反復するリズム。
浮遊するギター。
民族楽器を思わせる音色。
そのすべてが混ざり合い、まるで夢と現実の境界線が曖昧になるようなサウンドスケープを形成している。
日本のサイケデリックシーンにおける現在地
近年の日本のサイケデリックシーンを見渡すと、世界的な評価を獲得した
Kikagaku Moyo
の活動終了以降、一つの転換点を迎えている。
その中でHAPPYは非常に興味深い立場にいる。
彼らは海外進出を前提に音楽を作っているわけではない。
かといって国内インディーシーンだけを見ているわけでもない。
むしろ独自のコミュニティやカルチャーを育てながら、自分たちのペースで進化を続けている。
海外のサイケファンからも「日本で最も過小評価されているサイケバンドの一つ」と評価する声が見られる。
それは知名度ではなく、音楽そのものの独創性に対する評価だろう。
HAPPYはどこへ向かうのか
『Ancient Moods Mahollova Mind』を聴いて感じるのは、彼らがまだ完成していないということだ。
むしろ今作は到達点ではなく通過点に思える。
アルバムにはジャムセッション的な瞬間が数多く存在し、ライブでさらに変化していく余白が残されている。
実際、近年のHAPPYは楽曲制作以上にライブでの実験性を強めている。長時間ジャムや拡張編成での演奏は、その象徴だ。
だからこそ今後は、従来のアルバムバンドという枠組みからさらに離れていく可能性がある。
サイケデリックロック。
アンビエント。
ダンスミュージック。
民族音楽。
そのどれでもあり、そのどれでもない場所へ。
HAPPYは今、日本のインディーミュージックの中でも数少ない「未知の未来が想像できるバンド」になっている。
おわりに
『Ancient Moods Mahollova Mind』は派手なアルバムではない。
ヒットソングもない。
分かりやすいメッセージもない。
しかし何度も聴いているうちに、その奥行きに気付かされる。
この作品はサイケデリックロックというジャンルの更新ではなく、「音楽を通じて意識を旅する」という体験そのものを再提示した作品なのだ。
そしてHAPPYは今、その旅の途中にいる。
だからこそ面白い。
日本のインディーシーンの未来を考えるとき、彼らの存在を無視することはもうできないだろう。