2025年にリリースされたyahyelの4thアルバム『In Amber』。
結成10周年という節目に発表された本作は、彼らのキャリアの中でも特に穏やかで、そして美しい作品だ。
これまでのyahyelは常に緊張感を抱えていた。
都市の孤独を描いた『Human』。
愛と狂信を描いた『Loves & Cults』。
その音楽にはいつも不穏な空気が流れていた。
しかし『In Amber』にはそれがない。
あるのは嵐が過ぎ去った後の静寂だ。
アルバム紹介では「台風が過ぎた透明な空気のような作品」と表現されており、まさにその言葉通りの音が鳴っている。
『In Amber』というタイトルの意味
Amberとは琥珀のこと。
太古の樹液が長い年月を経て固まった鉱物であり、その内部には時に昆虫や植物が閉じ込められている。
つまり琥珀とは「時間を保存するもの」だ。
結成から10年。
様々な変化を経験したyahyelが、本作で見つめているのは未来だけではない。
過去の記憶や感情を抱えながら、それでも前へ進もうとする姿勢がアルバム全体に漂っている。
収録曲考察
『In Amber』には全8曲が収録されている。
1. No Other Cars
アルバムの幕開けを飾る先行シングル。
タイトルを直訳すれば「他の車はいない」。
誰もいない夜の高速道路を走るような孤独感がある。
しかしそこに悲壮感はない。
むしろ、自分たちだけの道を進む覚悟のようなものを感じる。
メジャーな流行とも国内インディーシーンとも少し距離を置きながら、独自の音楽を追求してきたyahyel。
この曲はそんな彼ら自身の姿を映しているようにも聞こえる。
『In Amber』という旅の出発点として完璧な一曲だ。
2. Play Numbers
リズミカルなビートが印象的な楽曲。
タイトルの「数字を遊ぶ」という言葉からは、現代社会における数値化された価値観を連想させる。
再生回数。
フォロワー数。
評価。
数字ばかりが可視化される時代の中で、人間らしさとは何なのか。
そんな問いが隠されているように思える。
サウンド面ではアルバムの中でも比較的ダンサブルな楽曲でありながら、どこか冷たさを感じさせる。
3. I Know You Well
アルバム前半のハイライト。
タイトルは「君をよく知っている」。
しかし本当に誰かを知ることはできるのだろうか。
親しい相手であっても、その内側を完全に理解することはできない。
この曲にはそんな距離感がある。
池貝峻のボーカルも非常に繊細で、近づきたいのに近づき切れない感情を美しく表現している。
4. Daffodils
先行シングルとして発表された楽曲。
「Daffodils」は水仙の花を意味する。
春の訪れを象徴する花として知られているが、本作では再生や希望のイメージとして機能しているように感じられる。
これまでのyahyel作品なら希望はどこか疑わしいものとして描かれていた。
しかしこの曲には確かな光がある。
『In Amber』の持つ透明感を最も象徴する楽曲だろう。
5. How
アルバムの中心に位置する楽曲。
タイトルはたった一言。
「どうやって」。
人生の中で誰もが抱える問いだ。
どう生きるのか。
どう愛するのか。
どう別れるのか。
答えのない問いを抱えながら進んでいく人間の姿が浮かび上がる。
派手な展開はない。
しかし聴けば聴くほど深く沈んでいく曲だ。
6. (インタールード的な役割を持つ楽曲)
本作は全体で約30分という比較的短い作品であり、その中で後半への橋渡しを行う役割を果たしている。
yahyelは昔からアルバム全体の流れを非常に重視するバンドだ。
この楽曲があることで後半の感情がより鮮明になる。
7. Another Time
タイトルは「別の時間」。
アルバム全体を貫く時間というテーマが最も色濃く現れている。
過去を懐かしむ曲ではない。
未来を夢見る曲でもない。
今という瞬間の儚さを見つめている。
夕暮れの街を一人で歩いているときの感覚に近い。
『In Amber』という作品を象徴する一曲と言える。
8. Old Blood
アルバムを締めくくるリード曲。
公式では90年代エレクトロニカやオルタナティブロックの血統を引き継ぎながら、未来へ進む決意を表した楽曲と説明されている。
タイトルの「Old Blood」は古い血。
つまり過去から受け継がれたものだ。
10年間の活動。
出会いと別れ。
成功と失敗。
そのすべてを抱えながら前へ進む。
アルバムの最後にこの曲が置かれている意味は大きい。
『In Amber』は回顧録ではない。
過去を抱えたまま未来へ向かう作品なのだ。
『In Amber』が描いたもの
『In Amber』を聴いていると、不思議な感覚になる。
悲しいわけではない。
嬉しいわけでもない。
ただ静かに時間が流れていく。
結成10周年という節目にyahyelが作ったのは、過去の総括ではなく新しい出発点だった。
『Loves & Cults』で描かれた激しい衝突のあと。
彼らはようやく呼吸を整えた。
そしてその呼吸の音を、そのままアルバムに閉じ込めた。
琥珀の中に残された時間のように。
『In Amber』は、yahyelというバンドが次の10年へ向かうための静かな決意表明なのである。