ノイとデコについて
本記事は、NOISE // DECODE のゆるキャラ ノイ と デコ の対話形式でお届けします。
ノイ は、音楽を感情や情景で感じ取る「感覚派」。夜やコーヒー、散歩と相性がよく、「なんかエモい」「夜に聴きたくなる」といった直感で語ります。
デコ は、曲構成・歌詞・制作背景を読み解く「分析派」。データと構造が好きで、「なるほど、ここがポイントだね」と冷静に解説します。
二人は視点こそ違いますが、音楽への愛は同じです。感じ方と読み方、両方の角度からアルバムの魅力を探っていきます。
まず、一枚の輪郭
デコ: 今日はVampire Weekendの3rdアルバム『Modern Vampires of the City』(2013)だね。2012年から2013年にかけて、ニューヨークとロサンゼルスの複数スタジオ——Rostam Batmanglijのブルックリンのアパート、Downtown Studios(NY)、Vox Studios、Echo Park Back House、Slow Death Studios(LA)など——で録音。Rostam BatmanglijとAriel Rechtshaidがプロデュース。XL Recordingsから2013年5月14日リリース。全12曲、約43分。
ノイ: 前作『Contra』(2010)から3年。けっこう間が空いた感じするよね。
デコ: その背景が大きい。『Contra』のワールドツアー後、バンド結成以来ほとんど休みなく活動してきた彼らにとって、本格的な休息期間となった。Koenigは恋人と別れてニューヨークを離れ、一時ロサンゼルスにいたが数か月で戻る。Batmanglijはソロ活動や他アーティストのプロデュースを進め、Baioもソロ名義で制作を進めるなど——2012年にはSunburn EPもリリースしている——それぞれの活動を経たのち、2011年頃から本格的に新作の制作を始めた。
ノイ: 焦らず作った、ってこと?
デコ: 締め切りを設けず、BatmanglijとKoenigが週に何度も会って書き溜めた。マーサズ・ヴィニヤードへの「作曲リトリート」もあった。バンドにとって初めて共同プロデューサーを迎え入れたのも、この時期のことだ。
ノイ: 初めて共同プロデューサーを迎えるって、けっこう大きな転換点じゃない。
デコ: Rechtshaidとの交流、新しい視点への欲求、Batmanglijが共同制作を望んだこと——複数の理由が重なったと考えられる。Rechtshaid自身は、バンドが過去作っぽい方向に寄ったとき「それはもうやったよね」というスタンスを取っていた、と語っている。過去の自分を参照するのではなく、新しい音を探す意図がはっきりしていた。
ジャケットとタイトル
デコ: 表紙は『ニューヨーク・タイムズ』の写真記者Neal Boenziが1966年11月、エンパイア・ステート・ビルの屋上から撮った、スモッグに覆われたマンハッタンの写真。当時ニューヨークは大気汚染が深刻だった。
ノイ: 未来の廃墟みたいに見える。でも実際は過去の写真なんだよね。なんかゾッとする。
デコ: Koenigは「過去の写真なのに未来の都市にも見える」と語っている。当時の公害写真が、いま見るとディストピアの予感にも感じられる——そういう選び方をした。
ノイ: タイトルも、吸血鬼って言葉が入ってるから、暗いイメージが強い。
デコ: 出どころはJunior Reidの1990年曲「One Blood」の歌詞。Koenigはそのフレーズ「modern vampires of the city」が「ユーモラスでありながら、同時に不気味で深い」と感じ、アルバム名にした。タイトルの発表方法も印象的で、2013年2月4日の『ニューヨーク・タイムズ』の「Notices & Lost and Found」欄に、装飾的な文字でタイトルと発売日が掲載された。
ノイ: ニューヨークの新聞の迷子欄にアルバム名。なんかわかる〜、このバンドらしい。
デコ: 都市とメディアへの愛着が、音楽以前から伝わってくるよね。

音が変わった理由
ノイ: 1stと2ndを聴いたあとに3rdを入れると、なんか空気が違う。エモいというか、静かというか。
デコ: 意図的な転換だ。1st『Vampire Weekend』(2008)のキャンパス的な軽快さ、2nd『Contra』の世界音楽的な拡張——その先に、Batmanglijが言う「メジャーキーなのに、どこか暗いものが漂っている」緊張感がある。
デコ: 前作ほど前面には出さず、アフロ・カリブ系のリズム感を抑え、オルガン、ハープシコード、控えめなサンプルで構成されたチャンバー・ポップ寄りの音に寄せた。ただし「Step」や「Worship You」など、アフロポップ的な要素が残る曲もある。AllMusicのHeather Pharesは、『Contra』の多様な影響を捨て、「デビュー作のより内省的な版」に近いと評している。
ノイ: でも実験的な部分もあるよね。「Diane Young」とか、声が変。
デコ: そこが技術的な核心の一つ。ピッチシフトとフォーマントシフトを多用している。KoenigのボーカルにEventide Harmonizerを通し、声の高さだけでなく声道の質感まで変える。ドラムはテープに低速録音してから再生速度を上げ、Tomsonがそれに合わせて再録——さらに元の速度に戻す、という手法も使われた。
ノイ: 「若く死ぬか、長く生きるか」を歌う曲で、赤ちゃんの声みたいなのからおじさんの声まで行くの、意味あるよね。
デコ: Koenig自身がNPRのインタビューで、まさにその意図を語っている。テープマシンやアナログ機材へのこだわりも強く、デジタル録音の「冷たさ」を避けるためにEQの自動化やスペクトラム分析で「手術」をかけたとBatmanglijは説明している。
死と信仰というテーマ
デコ: 歌詞面では、1st・2ndの「特権的な若者」「旅行と観光」から、大人の責任、時間の経過、死、信仰へと軸が移っている。曲名だけ見ても——「Unbelievers」「Everlasting Arms」「Worship You」「Ya Hey」——神や信仰と向き合う姿勢がはっきりしている。
ノイ: 「Unbelievers」の
I’m not excited but should I be? / Is this the fate that half of the world has planned for me?
って、なんかわかる〜。期待と不安が半分ずつある感じ。
デコ: Koenigはこのアルバムを三部作の終章と位置づけ、『ブライズヘッド・リヴァイテッド』にたとえて語った。「無邪気な学生時代→世界の拡張→成長と信仰の思索」。成長小説(ビルドゥングスロマン)として読んでもいい、と本人は言っている。
ノイ: 信仰って言葉、重いけど、このアルバムは重すぎないんだよね。
デコ: Koenigは「自分が信者かどうか」より、「信仰というものをどう捉えるか」に興味があると繰り返し語っている。疑いと敬意が同居しているのが、この作品の温度だ。
曲を通して読む
入口と出口
デコ: 冒頭の「Obvious Bicycle」はRas Michael and The Sons of Negusの「Keep Cool Babylon」をサンプリング。合唱のようなコーラスが広い空間を作り、扉を開ける。
ノイ: 終わりの「Young Lion」は1分45秒の小品。Rostamが歌う——このアルバムで唯一のリードボーカル曲。
デコ: 着想の一つは、KoenigがATMの列で待っていたとき、見知らぬ人に「You take your time, young lion(ゆっくりでいいよ、若き獅子よ)」と声をかけられた、というエピソード。Batmanglijは『Contra』制作末期に曲の原型を書き、暗い「Hudson」のあとに置くことで、わずかな希望を残した。
ノイ: 暗い曲のあとに、短い慰め。構成がいい。
ハートにある「Step」
デコ: アルバムの中心は「Step」だと多くの批評家が言う。出発点はSouls of Mischiefの未発表デモ「Step to My Girl」——そのデモ自体がYZの「Who’s That Girl」からフレーズを借り、Breadの「Aubrey」(Grover Washington Jr.版でも知られる)のメロディも参照している。いくつもの時代とジャンルをまたいだ参照が、一枚の恋の歌に収まっている。
ノイ: コーラスで
Wisdom’s a gift, but you’d trade it for youth / Age is an honor — it’s still not the truth
って歌うの、エモとチルどっちつかずなんだけど、刺さる。
デコ: Koenigは「コラージュで物語を語る」スタイルだと説明している。単語の羅列が、老化や音楽への姿勢という「言葉より大きな感情」を生む。コーラスはBatmanglijのMacBook Pro内蔵マイクで録られた、というエピソードも有名だ。
「Diane Young」と時間のいたずら
デコ: タイトルは「dying young(若くして死ぬこと)」の言葉遊び。フォーマントシフトされたボーカルが、若さと老いを同時に聴かせる。2013年3月19日、「Step」との両A面シングルとして先行リリースされた。
ノイ: 明るく聴こえるのに、テーマは死。ギャップがこのバンドらしい。
「Hannah Hunt」——静かな破壊
デコ: バンドが最も個人的に語る曲の一つ。Rechtshaidのロサンゼルスの裏庭、アボカドの木の下で録音されたとBatmanglijは言っている。周囲の環境音をあえて消さなかった、とも。
ノイ: ピアノが静かに始まって、途中で崩れていく。なんかエモいよね、言葉より音のほうが感情を語ってる感じ。
デコ: 歌詞の「Brooklyn saw me, empty at the news / There’s no coast of paradise for man or beast」(ニュースを聞いて虚しくなった、楽園の岸辺はどこにもない)——個人的な喪失と、世界の限界が重なる。
「Finger Back」——ローカルな物語
デコ: Koenigは友人から聞いた話を着想の一つにしている——正統派ユダヤ教の家庭の女性が、ニューヨークのファラフェル店の従業員に恋をし、家族と衝突する、というロミオとジュリエット的なエピソードだとNMEでは語っている。曲全体がその物語をそのまま語っている、とまでは言い切れないが、宗教や文化的背景の違いが絡む都市のローカルな人間関係への眼差しが感じられる。
ノイ: 曲名は「指を折り返す」イメージと、相手を「こっちへ」と招く仕草のダブルミーニング、とも言われてるよね。
デコ: 批評的にも議論を呼んだ曲の一つだ。歌詞からさまざまな読みが可能で、本人が特定の解釈を明言しているわけではない。
「Ya Hey」——神の名前を歌わない歌
デコ: タイトルはヘブライ語の神名YHWH(ヤハウェ)の言葉遊び。ユダヤ教では発音を避ける名前を、敢えて「Ya Hey」と音だけ近づけている。歌詞全体が神との対話として読め、出エジプト記の燃える茂み——「我は在る」——を想起させる構図になっている。
ノイ: 教会の合唱隊みたいなコーラスと、Ezraの語りが混ざるの、夜に聴きたくなる。
デコ: Koenigはユダヤ系の家庭で育ち、バー・ミツヴァーを経験しているが、本人は積極的な実践者ではないと語る。「神を信じるか」より「アメリカはあなたを愛していない(America don’t love you)」という、アイデンティティと制度への問いのほうが大きい。
「Hudson」——終わりに近づく
デコ: 1611年、ハドソン湾で乗組員の反乱により置き去りにされ、消息を絶った探検家Henry Hudsonにちなむ。冬、夜、川——アルバムで最も「終末」に近い曲。
ノイ: ここまで来ると、部屋の空気が冷たくなる。でもそのあと「Young Lion」がある。構成がいい。
評価と、そのあと
デコ: 批評的には2013年を代表する作品の一つ。Metacritic 84点。Pitchforkは9.3点で2013年ベストアルバム1位、Rolling Stoneも年間1位に選出。Pazz & Jopでは2位。2014年のグラミー賞で最優秀オルタナティブ・ミュージックアルバムを受賞。Billboard 200初登場1位(初週13万4千枚)——バンドにとって2作連続の全米1位だった。
ノイ: 2020年、Rolling Stoneの「史上最高のアルバム500」で328位に選ばれた、とも。
デコ: そう。インディー・ロックの「2010年代の古典」として定着している。2020年の『Father of the Bride』まで、約7年の空白があったが、その間もこの第三作はバンドの到達点として語り継がれた。
ノイ: Rostamは2016年に正式メンバーを離れたけど、「Young Lion」は彼が正式メンバーとして残した最後のアルバム収録リードボーカル曲なんだよね。後から知ると、また違って聴こえる。
デコ: 当時はそう意図していたわけではないが、後から見ると三部作のエピローグとして聴こえる——そういう話はBatmanglij自身も語っている。偶然と必然が重なった終わり方だ。
編集部メモ
『Modern Vampires of the City』は、キャッチーなインディー・ポップバンドが「成熟した」というより、成熟の不快感——死、信仰との距離、都市の汚染——を正面から音にした作品だ。43分のコンパクトさのなかで、サンプルの系譜からフォーマントシフトの実験まで幅広く、それでも一枚の都市の霧としてまとまっている。若さを手放すことへの恐れと、手放さざるを得ない現実のあいだで、2010年代の都市生活を生きる感覚を記録したアルバムとして、今も色褪せていない。