Music

MIZ『轉角民宿』レビュー──旅の途中でしか録れなかった音楽

music

MONO NO AWAREというバンドを語るとき、多くの人は玉置周啓の独特な言葉選びや、ユーモアと叙情が入り混じるソングライティングに注目するだろう。

しかし、その魅力の根底にあるのは「場所」と「記憶」に対する異様なまでの感受性だ。

MIZは、そんなMONO NO AWAREの核となる部分をより純粋な形で抽出したプロジェクトである。

MIZはMONO NO AWAREの玉置周啓と加藤成順によって2016年に始動したアコースティックユニットだ。彼らは「その土地の空気を録音する」という独自のコンセプトを掲げ、これまでベトナムで録音された『Ninh Binh Brother’s Homestay』、北海道を旅しながら制作された『Sundance Ranch』を発表してきた。楽曲だけでなく、その土地の風景や匂い、気候までも作品の一部として閉じ込めようとする試みは、日本のフォークやインディーミュージックの中でも極めて特異な存在だった。

そして約4年ぶりとなる3作目『轉角民宿』で彼らが選んだ場所は台湾・台東県長浜郷。

海と山に囲まれたこの土地の民宿でレコーディングされた本作は、MIZの旅の記録としても、音楽作品としても、これまでで最も完成度の高い作品になったように思う。

ライブ映像から見えるMIZというユニット

今回のライブ映像を観てまず感じるのは、MIZが「演奏するためのユニット」というより、「空間を作るためのユニット」であることだ。

MONO NO AWAREではバンドアンサンブルの中で躍動している玉置と加藤だが、MIZになるとまったく異なる表情を見せる。

アコースティックギター2本と二人の歌声。

編成は極端にシンプルだ。

しかしそのシンプルさによって、楽曲の奥にある余白や呼吸がむしろ強調されている。

特に印象的なのは、二人のギターの役割分担だ。

玉置周啓のギターは歌の情景を描くための筆のように機能し、一方で加藤成順のギターは風景そのものを支える地面のような役割を果たしている。

リズムを刻むというよりも、音の間に存在する静寂を際立たせる演奏だ。

だからこそMIZの楽曲は、ライブで聴くと録音作品以上に「その場にいる感覚」が強くなる。

これは現代のインディーロックシーンでは意外と珍しい。

派手な演出や情報量を削ぎ落とし、演奏者と観客が同じ空気を吸うことに価値を置いているからだ。

MIZのライブを観ていると、音楽というより旅先で見た景色を誰かから静かに聞かされているような感覚になる。

『轉角民宿』とは何だったのか

本作を聴いてまず驚かされるのは、その生活感である。

レコードを再生しているというより、長浜の民宿の窓を開けている感覚に近い。

MIZはこれまでもフィールドレコーディングを重視してきたが、『轉角民宿』ではその手法がより自然な形で楽曲へ溶け込んでいる。台湾の海風や土地の空気、現地で過ごした時間そのものが作品の質感を形作っている。

アルバムタイトルにもなっている「轉角」は中国語で「曲がり角」を意味する。

この作品はまさに旅先の曲がり角で偶然見つけた景色を集めたアルバムだ。

MIZは以前から「旅そのもの」を作品化してきたが、本作では旅先で得た感情を無理に物語化しない。

見たもの、聞いたもの、感じたものがそのまま音楽として残されている。

だからこそアルバム全体にドキュメンタリーのようなリアリティがある。

台湾という土地がもたらした変化

過去作と比較すると、『轉角民宿』は明らかに開かれた作品だ。

ベトナムで録音された『Ninh Binh Brother’s Homestay』には異国への驚きがあり、北海道の『Sundance Ranch』にはロードムービーのような孤独があった。

しかし『轉角民宿』には、人との出会いがある。

象徴的なのが台湾のインディーバンドDSPSのボーカル、Ami Tsengを迎えた「轉角 feat. Ami Tseng」だ。日本語と台湾語が自然に混ざり合い、言葉の意味を超えてメロディそのものがコミュニケーションとして機能している。

言語が違っても、歌は成立する。

国境が違っても、同じ景色を共有できる。

そんな当たり前でいて忘れがちな感覚が、この楽曲には宿っている。

台湾という土地はMIZにとって単なる録音場所ではなく、新しい他者との接点だったのだろう。

MONO NO AWAREではできない表現

近年のMONO NO AWAREは『かけがえのないもの』『ザ・ビュッフェ』『のびしろ』などを通じて、より普遍的なポップミュージックへ接近している。

その一方でMIZは逆方向へ進んでいるように見える。

より小さく。

より静かに。

より個人的に。

しかし不思議なことに、その個人的な風景は多くの人の記憶と重なっていく。

旅行先で見た夕暮れ。

知らない街の商店。

名前も知らない海岸。

『轉角民宿』にはそんな記憶を呼び起こす力がある。

MIZは風景を歌っているようで、実は人の記憶そのものを歌っているのかもしれない。

終わりに

『轉角民宿』は旅のアルバムであり、フィールドレコーディング作品であり、現代フォーク作品でもある。

だが最終的にはそれらすべてを超えて、「生活のアルバム」だと感じる。

台湾の長浜という土地で過ごした時間。

そこで出会った人々。

聞こえてきた音。

吹いていた風。

そのすべてが音楽の中に閉じ込められている。

MIZはこれまでベトナム、北海道、台湾と旅を続けてきた。

次はどこへ向かうのだろう。

だが、その答えは重要ではない。

彼らがどこへ行こうとも、その土地の空気を音楽へ変えてしまうことだけは間違いないからだ。

『轉角民宿』は、そんなMIZというユニットの魅力が最も美しく結実した一枚である。

同じタグの記事

Next Read

次に読むべき記事

Back to Feature

今号の表紙へ戻る

VIEW FEATURE →