2022年にリリースされた羊文学のメジャー2ndアルバム『our hope』。本作は、第15回CDショップ大賞2023の「大賞<青>」を受賞するなど、彼女たちの評価を決定づけた不朽の名盤です。
テレビアニメ『平家物語』のオープニングテーマとなった「光るとき」や、映画『岬のマヨイガ』の主題歌「マヨイガ」といった強力なタイアップ曲を内包しながらも、アルバム全体として極めてコンセプチュアルで、一本の美しい映画を観終えたような濃厚な余韻を残します。
今回は、この名作を構成する音楽的魅力と、そこに込められたメッセージ性を徹底的に紐解きます。
1. サウンドの深化:鋭さと温かさが共存するギターロック
アルバムの幕を開ける「hopi」のミニマルかつ不穏なベースラインから、リスナーは一気に羊文学の世界観へと引きずり込まれます。
本作の最大の魅力は、シューゲイザーやオルタナティヴ・ロックの系譜を引く歪んだギターサウンドと、どこか冷徹でありながらも圧倒的な包容力を持つ塩塚モエカ(Vo/Gt)のボーカルのコントラストにあります。
- ダイナミズムの構築: 「ワンダー」や「OOPARTS」に見られるように、静寂から爆発へと向かう静と動のコントロールが前作以上に研ぎ澄まされています。フクダヒロ(Dr)のタイトで正確なビートと、河西ゆりか(Ba)のうねるような重低音が、歪んだギターの背後で強固な土台を作っています。
- 多彩なアプローチ: 単なる「轟音ロック」に留まらず、「電波塔」のようなダブ/ポストパンク的なアプローチや、アコースティックな手触りを残した「くだらない」など、スリーピースという限られた編成の中で驚くほど豊かな音響空間が広がっています。
2. 歌詞世界:ディストピアの中で「個」を見つめる眼差し
本作が制作された背景には、パンデミックや世界情勢の不安定化といった、社会全体を覆う閉塞感(ディストピア感)が少なからず影響を与えています。しかし、羊文学の紡ぐ言葉は、決して大きな政治的メッセージには向かいません。どこまでも「混沌とした世界を生きる、あなたと私」というミクロな視点が貫かれています。
“何気ない日常のなかで、私たちは大事なものを少しずつ諦めてしまう。でも、本当にそれでいいの?”
そんな問いかけが、アルバムの随所から聞こえてきます。「パーティーはすぐそこ」や「キャロル」で描かれるのは、きらびやかな世界の裏側にある孤独や、他者と分かり合えないことへの諦念。それでもなお、他者と繋がりたいと願う痛切な祈りです。
3. ハイライト楽曲解説
■ 「光るとき」
アルバムの核となるマスターピース。アニメ『平家物語』の「諸行無常」の世界観と見事にシンクロしながら、「何があっても生きていく」という強烈な肯定感に満ちています。サビで一気に開けるメロディと、エモーショナルに歪むギターは、涙を誘うほどの美しさです。
■ 「OOPARTS」
シンセサイザーのような揺らぎを感じさせるギターサウンドが印象的な、SF的な世界観を持つ楽曲。過去と未来、時空を超えた孤独とロマンを感じさせる、アルバム後半のハイライトです。
■ 「くだらない」
激しいロックナンバーが続いたあとに配置された、息を呑むほど静謐なバラード。日常の「くだらない」愛おしい瞬間を拾い上げるような歌詞と、生々しいボーカルが胸に刺さります。
総評:私たちがこの時代を生き抜くための「お守り」
アルバムタイトルである『our hope(私たちの希望)』。 ここで鳴らされている希望は、根拠のないポジティブシンキングでもなければ、眩しすぎる光でもありません。
それは、暗闇に目が慣れてきたときに、ようやく足元に見つかるかすかな灯火のようなものです。絶望を隠すことなく、その絶望の隣にそっと寄り添ってくれるからこそ、このアルバムは聴き手の「お守り」になり得るのです。
時代を象徴するギターロックの金字塔であり、傷つきながらも今日を生きるすべての人に聴いてほしい、文字通りの傑作です。