アイドル、アーティスト、そしてカルチャーアイコン。そのどれか一つでは語れない存在が戦慄かなのである。
実妹・頓知気さきなとのセルフプロデュースユニット「femme fatale」、かてぃとの「悪魔のキッス」、さらにZOCXのメンバーとしても活動する彼女は、従来のアイドル像を更新し続けてきた。ステージに立つだけではなく、自ら映像をディレクションし、世界観を構築し、音楽そのものをカルチャーとして提示するクリエイターでもある。
2024年には体調不良による活動休止を経験したが、その後復帰を果たすと、ソロ楽曲「悪い人」で新たな表現のフェーズへと突入。そして2026年5月12日、かてぃとのユニット・悪魔のキッスとして配信シングル「ERA」をリリースした。
4s4kiとNew Kが制作を手掛けた本作は、これまでの悪魔のキッスとは一線を画すハイパーポップ作品であり、戦慄かなのが次に向かう景色を鮮明に映し出している。
ハイパーポップを自分たちの言語へと変換した「ERA」
「ERA」は、一聴してこれまでの悪魔のキッスとは異なる。
歪んだシンセサイザー、細かく刻まれるビート、グリッチを多用したサウンドデザイン。4s4kiとNew Kらしいサイバーな質感をベースにしながらも、決して実験音楽には終わっていない。
むしろ、この混沌とした音像をポップスとして成立させているのが戦慄かなのとかてぃの存在感だ。
現代のハイパーポップはジャンルというより、「情報過多な時代の感覚」を音楽化したものとも言える。
SNS、AI、ショート動画、膨大な情報が絶え間なく流れ続ける現代。そのノイズを肯定しながら、美しさへと昇華していく。
「ERA」は、そうした2020年代後半の空気感そのものを音楽に閉じ込めた作品と言えるだろう。
悪魔のキッスはこれまでダークポップやオルタナティブなアイドルソングを武器にしてきたが、本作ではさらに未来へと踏み込んだ印象を受ける。
戦慄かなのが自ら演出するMVが示す”世界観”
悪魔のキッスのMVで特徴的なのは、戦慄かなの自身がトータルプロデュース・ディレクションを担っている点だ。
「ERA」のMVも例外ではなく、タトゥースタジオや歌舞伎町を舞台にしたサイバーな映像世界が広がる。ネオン、人工的な光、都市の夜景、それらは単なる”映える”映像ではない。
そこに映るのは、「現実」と「インターネット」が境界を失った現代都市そのものだ。
タトゥーという身体への刻印は、自分自身を再定義する行為にも見える。
一方で歌舞伎町という街は、多様な欲望や匿名性を象徴する場所でもある。
そうしたモチーフを背景に、二人が淡々と歌い踊る姿は、アイドルという存在を超えて、一つの現代アート作品のような印象すら与える。
映像全体からは、「かわいい」と「退廃」、「人工」と「感情」が絶妙なバランスで共存しており、それが「ERA」というタイトルとも重なって見える。
「悪い人」で見せた繊細さと「ERA」の対比
戦慄かなののソロ曲「悪い人」は、今回の「ERA」を理解するうえでも重要な作品だった。
ヤングスキニーのかやゆーが楽曲提供したこの曲では、戦慄かなのは派手な演出を抑え、自身の歌声と感情を前面に押し出していた。
どこか壊れそうな危うさ。
人を信じたい気持ちと、傷つくことへの恐れ。
そうした感情が等身大のまま描かれ、多くのリスナーの共感を呼んだ。
MVでも華美な演出より人物の表情や視線に焦点が当てられ、戦慄かなのという表現者の”人間らしさ”が強く印象に残る作品となっている。
それに対して「ERA」は真逆とも言える。
個人の内面よりも世界観そのものを提示する作品であり、感情をサイバーな音像へと変換していく。
しかし、この二つは対立しているわけではない。
「悪い人」で内面を見せ、「ERA」で未来像を提示する。
その両方を行き来できることこそ、現在の戦慄かなのの最大の強みなのだろう。
「ERA」が示した悪魔のキッスの未来
近年、アイドルシーンはロック、ヒップホップ、エレクトロニカなど、さまざまなジャンルとの境界を失いつつある。
その中で悪魔のキッスは、「アイドルだからこの音楽をやる」のではなく、「表現したい世界観に最適な音楽を選ぶ」というスタンスをより鮮明にした。
「ERA」はハイパーポップというジャンルへの挑戦ではなく、悪魔のキッスというユニットが次の時代へ進むための宣言なのだ。
そして戦慄かなの自身もまた、アイドル、シンガー、クリエイターという肩書きを軽々と飛び越えながら、新しい表現を更新し続けている。
「ERA」は、その進化の現在地を刻み込んだ一曲であり、悪魔のキッスの未来だけでなく、日本のオルタナティブ・ポップシーンの可能性まで感じさせる作品と言えるだろう。